謙遜は、カトリックの一致した伝統において、霊的生活の第一の根本的な徳です。品位において最も高い徳ではなく、それは愛にとどまりますが、他のいかなる徳もそれなしには成り立たない根です。アビラの聖テレジアによって簡潔な定式で人間の自分自身についての「真理」と定義され、すべての善は神から来ること、そして人間のいかなる業も恵みなしには価値がないことを認めることにあります。
反対に、高慢は七つの大罪の第一であり、聖書によって原罪の根であり、天使たちの堕落の原因であると示されています。聖シャルル・ド・フーコーはそこに天使たちの滅びとアダムの堕落の原因を見ています[1]。霊的な盲目、自己の偶像化である高慢は「恵みをむしばみ」、ジャック・フェッシュによれば、すべての悪徳の中で最も陰険なものにとどまります。ただ高慢だけが、私たちの最良の思いの中にまで、そして完成への努力そのものの中にまで入り込みます[2]。
したがって、問題は二次的なものではありません。すべての教父と博士、アウグスティヌス、ヨハネス・クリュソストモス、ベルナルドゥス、ニュッサのグレゴリウス、トマス・アクィナス、フランシスコ・サレジオ、アルフォンソ・デ・リグオーリが一致しています。謙遜なしには、神におけるいかなる生活も不可能です。さらに、後述するミレーヴの聖オプタトゥスの急進的な教父的定式によれば、謙遜をもって耐え忍ばれた罪は、高慢をもって実践された徳よりも神に喜ばれます。後で見るように、これは罪の弁護ではありません。神が人間の心の中に何を見ておられるかの啓示です。
この記事は、聖書、教父たち、博士たち、そして神秘家たち(その地位は注で明示されます)[3]に依拠して、なぜ謙遜がそれほど中心的なのか、なぜ高慢がそれほど危険なのか、そして両者が恵みへの接近をどのように条件づけるのかを説明します。
「第一も、第二も、第三も、謙遜」
カトリック霊性を要約する三つの引用
謙遜の優位は、伝統において一致した常数です。キリスト者が身につけるべき三つの主要な徳について尋ねられた砂漠の教父は、確立したアポフテグマの出典のない、現代の霊的文学によって伝えられた定式によれば、次のように答えたとされます。
「第一は謙遜、第二は謙遜、そして第三は謙遜です。」[4]
この言葉は冗談ではありません。聖アウグスティヌスもすでに同じ序列を繰り返していました。救いへの道について尋ねられ、彼は*「謙遜、謙遜、謙遜」*と答えたとされます[5]。聖ヨハネス・クリュソストモスがこれにこだまします。
「謙遜は、他のすべての善の母であり、根であり、養い手であり、結び目です。」[6]
そして彼は建築の比喩を続けます。
「謙遜の土台が据えられたとき、建てる者は恐れることなく建物の残りを高く上げることができる。しかし土台が欠けるなら、建物が天にまで上がろうとも、必ず倒れて廃墟と化さなければならない。」[7]
このイメージは本質を語っています。祈り、断食、施し、貞潔、使徒的熱意など、世界のすべての徳を霊的生活の上に積み重ねることはできますが、土台が欠けているなら、すべてが崩れ落ちます。
教父、博士、聖人たちの一致した優位
教会博士であり現代霊性の師である聖フランシスコ・サレジオは、同じ確信を述べています。
「この死すべき生活において人間に必要なこの徳は、すべての徳の基礎であり土台です。」[8]
彼の友人であり訪問会の共同創立者である聖ジャンヌ・ド・シャンタルは、そこから印象的な実践的帰結を引き出します。
「多くの徳を身につけることができないなら、少なくとも謙遜を持ちましょう。」[9]
驚くべき一文です。一つの徳を選ぶとすれば謙遜を選ぶでしょう。まるで謙遜だけで他のすべての徳に値するかのようです。聖大グレゴリウスは、6世紀末のローマ教皇位から、謙遜なしには徳そのものが風に散る塵のように消散するとすでに信者たちに教えていました[10]。
ラザリスト会と愛徳姉妹会の創立者である聖ヴァンサン・ド・ポールは、17世紀に同じ確信を繰り返します。
「謙遜はイエス・キリストの徳であり、その聖なる母の徳であり、最も偉大な聖人たちの徳です。」[11]
聖書の次にキリスト教世界で最も読まれた霊的著作の一つである『キリストに倣いて』の著者トマス・ア・ケンピスは、この決定的な言葉を述べます。
「神に対してへりくだり従うほど、すべてのことにおいて知恵と平安が増します。」[12]
20世紀、煉獄の魂たちとの交流を受けたと述べることで知られるオーストリアの神秘家マリア・シンマ(1915-2004)は、教会の承認のない私的啓示であり、ここでは単なる証言として引用されますが、主から受けたと彼女が帰する次の言葉を報告しています。
「謙遜は私たちに最大の恵みをもたらします。イエスは心のへりくだった者に最大のことを与えられます。」[13]
ポントスのエヴァグリオスから砂漠の教父たちまで、「謙遜の十二の段階」に一章全体を割いた会則を持つ聖ベネディクトゥスから、それを自らの「小さな道」の中心としたリジューの聖テレーズまで、謙遜を筆頭に置く聖人たちのリストに例外はありません。この一致は些細なことではありません。カトリック伝統がconsensus patrumと呼ぶ、権威の大きな論拠を構成しています。
他のすべての徳を可能にする徳
なぜこの優位があるのでしょうか。謙遜は他の徳とは異なり、他の徳の中の一つの徳ではないからです。それは他のすべての徳を受け入れる条件です。謙遜なしには、祈りはファリサイ的になり、断食は苦行の高慢になり、施しは誇示になり、神学的知識は虚栄になり、使徒職は自己宣伝になります。永遠の父は聖カタリナ・シエナに明示的にこう言われます。
「木と枝に命を与えるのは根です。この根は、愛を担い養う謙遜の土に植えられなければなりません。」[14]
イメージは正確です。最も高い徳であり霊的生活の目的である愛は、謙遜の土以外の場所では育つことができません。高慢の土に植えられた愛はキリスト教的な愛ではなく、その戯画です。
なぜ謙遜はすべての徳の根なのか?
「謙遜は真理である」
謙遜の中心性をよく理解するためには、まず現代の二つの誤解を正さなければなりません。謙遜は、罪責感に沈む病的な自己蔑視の形ではありません。また、賛美させるために言葉の上で自らの賜物を小さく見せる偽りの謙虚さでもありません。
アビラの聖テレジアが『霊魂の城』の中で凝縮した古典的なカトリックの定義、「真理のうちを歩むこと」は、二語に集約されます。
「謙遜は真理である。」[15]
定式は正確です。へりくだるとは、神の前で自分がそうである通りに自分を見ることであり、上でも下でもありません。永遠の父は聖カタリナ・シエナにそれを確認されます。
「謙遜は、魂が自分自身について持つ知識から来ます。」[16]
イエスは、ルイーザ・ピッカレータに帰される著作の中で、用語の置き換えを提案するまでに至ります。
「人において謙遜と呼ばれるものは、自己認識と呼ばれるべきです。」[17]
すべてが言われています。へりくだった人は何も発明せず、何も演じず、人工的に自分を小さくしません。彼は認めます。神なしには、呼吸することも心臓を打たせることも、絶対に何もできないことを認めます。すべての才能、徳、知性、善い業は、自らの産物ではなく、受けた賜物であることを認めます。そして最後に、自分だけに委ねられたなら世界のすべての罪を犯しうることを認めます。聖フィリッポ・ネリの伝記作者たちは、その意味での彼の日々の祈りを伝えています。彼は、恵みなしに神を裏切り世界のすべての悪を神に対して行うことのないよう、神に自分を見守ってくださるよう求めていました[18]。
賜物を認めつつ、その功績を自分に帰さないこと
では、自分の才能を否定しなければならないのでしょうか。有能であるときに「私は無能です」と言い、賜物に恵まれているときに「私には何の賜物もありません」と言わなければならないのでしょうか。当然そうではありません。それは嘘であり、真理としての謙遜の定義そのものを裏切ることになります。聖フランシスコ・サレジオは、いつもの繊細さでそれを説明します。
「神が私たちのうちに置かれたことを知ることが私たちを膨らませることを恐れてはなりません。私たちのうちにある善いものは私たちからではないというこの真理に注意を向ける限りにおいてです。ああ、王子様の貴重で香りのよい調度品を積んでいても、騾馬は依然として重く不潔な獣ではないでしょうか。使徒が言うように、私たちが受けていない善いものを何か持っているでしょうか。そして受けたのであれば、受けていないかのように、なぜそれを誇るのでしょうか。」[19]
聖ベネディクトゥスは会則の中で同じ節度をもって教えます。
「自分のうちに何か善いものを見るなら、それを自分ではなく神に帰しなさい。しかし悪については、自分が常にその作者であり、自分のものであると知りなさい。」[20]
へりくだった人は、名人である音楽家の美を否定しません。音楽的な耳、知性、忍耐、レッスン代を払った家族、器用な指、そして命そのものまでもが、受けた賜物であることをただ知っているのです。聖ヴァンサン・ド・ポールは要約します。
「謙遜の徳は、私たちを通してなされるすべての善は神から来ることを理解させます。」[21]
イエスはガブリエル・ボッシスに、彼女の著作『彼と私』の中でこう言われます。
「とても小さくなるために、あなたの賜物を小さくしてはなりません。すべてが私から来ることだけを考えなさい。」[22]
したがって謙遜は、真理の行為(自分が何であるかを認めること)であると同時に、感謝の行為(持っているものの功績を神に返すこと)です。これを霊的神学者たちは、すでに愛の一形態であり、自分が債務者であることを知っている謙遜な感謝と呼びます。
実践的な実り:他人を裁かなくなること
謙遜は、自分についての真理であるため、他者に向ける眼差しを根本的に変えます。恵みなしにはすべての罪を犯しうることを知っている人は、もはや隣人を裁くことはできません。聖クロード・ラ・コロンビエールは『霊的黙想』の中で、それをはっきりと書いています。
「へりくだった人は自分の欠点しか見ません。他人の不完全さに気づくことは、徳が乏しいことの印です。」[23]
聖パウロは、ピリピ人への手紙の中で、それを戒めとしていました。
「謙遜をもって、互いに相手を自分より優れた者と考えなさい。」(ピリピ2,3)[24]
アビラの聖テレジアはそれを霊的進歩の基準とします。自分がすべての被造物の中で最も惨めであると自らを考え、最後の席を望むときにのみ完成において進んだと信じることであり、彼女自身、伝記作者たちが伝えるところでは、「いつも最後の席に就こうと努めていました」[25]。
アッシジの聖フランチェスコは、信心深い慣習としてではなく真剣にそれを生きていました。彼の最初の伝記作者は、「彼だけが自分をすべての人の中で最も卑しい者と考えていた」と伝え、兄弟に面と向かって叱責させるほどでした[26]。
奇妙な逆説です。客観的に神に最も近い人々である聖人たちは、自分が最もふさわしくないとも感じている人々です。反対に、大犯罪人はしばしば自分が他人より悪くないと考えます。聖性は自己評価ではないからです。純粋な光に近づくほど、わずかな汚れまでもが見えます。聖人は、頑なな罪人には見えないもの、すなわちすべての罪の黒さを、神の光の中で見たのです。だからこそ彼の自己認識は、絶望ではなく真の謙遜へと彼を打ち倒すのです。
イエス、神の無限の謙遜
「柔和で心のへりくだった者」
キリスト教的謙遜は、一般的な霊的知恵の実である人間の道徳的発明ではありません。それは神ご自身の属性の啓示です。イエスは、いかなる宗教にも比類のない言葉で宣言されます。
「わたしに学びなさい。わたしは柔和で心のへりくだった者であるからです。」[27](マタイ11,29)
福音書の中で、キリストがご自分の心を描写されるのは唯一この箇所です。そしてそれについて言われることは驚くべきことです。神はへりくだっておられます。教育的な配慮によってではなく、本性によってです。聖シャルル・ド・フーコーは、エフライムでの八日間の黙想(1898年3月)において、このキリストの謙遜について黙想します。そこでは、受肉とイエスの生涯全体を謙遜の教えとして提示し、救いの場として謙遜の中に沈むよう招いています[28]。
ピリピ人への賛歌:ケノーシス
神の謙遜についての最も印象的なテキストはピリピ人への賛歌であり、おそらく聖パウロによって手紙が書かれる(通常の年代推定では60-61年頃)よりも以前の、最も古いキリスト教賛歌の一つです。
「キリスト・イエスは、神の形でありながら、神と等しくあることに固執されませんでした。むしろご自分を無にして、僕の形を取り、人々の姿となられました。人としての姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、しかも十字架の死に至るまで従われました。」[29](ピリピ2,5-8)
用いられたギリシア語の動詞ekenōsen、「ご自分を空にされた」は、神学においてケノーシスという専門用語を生みました。神の自由な自己低下です。それは高慢の正確な反対です。高慢な者が神の座に上ろうとする場所で、神ご自身が人間の座に、さらにより低く、奴隷、死刑囚、十字架につけられた者の座に降りることを選ばれます。
低下の三つの段階:受肉、十字架、聖体
神秘伝統は、キリストの謙遜が三つの大きな段階を含み、それぞれが前の段階よりも驚くべきものであることを強調する慣わしです。
受肉:神が乳児となられる
宇宙の全能の創造者である神は、話すことも、歩くことも、自分で食べることもできない乳児の姿で受肉することを選ばれます。宮殿ではなく、家畜小屋に迎えられます。エジプトの共住修道制の創立者である聖パコーミオス(4世紀)は、恨みを抱く修道士にこう書きました。
「私たちはどのように神へ向かうのでしょうか。謙遜で優しさに満ちた心を持つことによってです。」[30]
彼はこの一文において、イエスにおける神の歩みそのものを倣っていました。
十字架:神が死刑囚となられる
低下はゴルゴタで頂点に達します。すべてのものがそれによって造られた言が、唾をかけられ、鞭打たれ、茨の冠をかぶせられ、二人の強盗の間で十字架につけられることを受け入れられます。**いかなる宗教も、このような神を想像したことはありませんでした。ローマの歴史家タキトゥス自身も『年代記』(XV,44)の中でそれを証言しています。彼は、キリスト、「この名の創始者」が、総督ポンティウス・ピラトゥスのもとで「処刑を受けた」と報告し、初期キリスト教をexitiabilis superstitio、「有害な迷信」としか見ていません[31]。奴隷的で不名誉な刑罰である十字架刑は、ローマ世界から見てこの宣教を躓きとしました。ユダヤ人たちは、木に吊るされたメシアは申命記によれば「神に呪われた者」(申21,23)であるとしてそれを拒みました。しかし、神の謙遜の尺度が啓示されるのは、この不名誉な死においてなのです。
聖体:神がパンとなられる
そしてそれで終わりではありません。受肉と十字架の後、神は低下をさらに押し進められます。神はホスティア、パン、すなわち物、扱うことができ、食べることができ、時に冒涜的に汚される対象となられます。ここで提案される意見であり、定義された教義ではなく、自由な神学的黙想によれば、聖体はその最も極端な低下であり、ある意味で受肉そのものよりもさらに大きいと言うことができます。栄光のキリストが、沈黙と完全な匿名性の中で、無防備に、すべての罪人に近づきうる状態にとどまられるからです。
私たちは、彼がなされたほどに自分を低くすることは決してできず、イエスがそうであったほどへりくだることは決してできません[32]。
だからこそ、神に喜ばれる犠牲は、第一に苦行の成果ではなく砕かれた心なのです。
「神に喜ばれる犠牲は砕かれた霊です。砕かれ打ち砕かれた心を、神よ、あなたは侮られません。」[33](詩編50,19)
シャルル・ド・フーコー:イエスは罪人たちと食事を共にしようとされた
そして公生活を通して、イエスは行為によって謙遜を示し続けることをやめられませんでした。徴税人たちや娼婦たちと食事を共にされました。小さな子どもたちを自分のもとに来させました。弟子たちの足を洗われました。政治的な王の称号を拒まれました。聖シャルル・ド・フーコーは、弟子たちが生涯の日々の中で謙遜を学ぶために、イエスが罪人たちの中で取ろうとされたこの位置について黙想します[34]。
したがって、キリストに倣うことを望むなら、それこそがキリスト教生活の定義そのものですが、私たちは何よりもまずその謙遜に倣わなければなりません。
ファリサイ派の人と徴税人のたとえ
ルカによる物語
謙遜の優位をこれほど力強く教える福音書のテキストは、ルカ福音書に特有のファリサイ派の人と徴税人のたとえ以外にありません。
「自分は正しいと確信し、他人を見下している人々に対して、イエスは次のたとえを話されました。
二人の人が祈るために神殿に上って来ました。一人はファリサイ派の人で、もう一人は徴税人でした。ファリサイ派の人は立って、心中で祈りました。「神様、私は他の人々、奪い取る者、不義な者、姦淫する者のようではなく、またこの徴税人のようでもないことを感謝します。私は週に二度断食し、収入の十分の一を献げています。」
ところが、徴税人は遠く離れて立ち、目を天に向けようともせず、胸を打ちながら言いました。「神様、罪人の私を憐れんでください。」
言っておきますが、この人の方が正しい者となって家に帰りました。誰でも高ぶる者は低くされ、低くする者は高くされます。」[35](ルカ18,9-14)
なぜ徴税人は義とされるのか
たとえは驚くべきものです。外面的な道徳の観点からは、ファリサイ派の人にすべてが備わっています。断食し、施しをし、モーセの律法を細部まで守ります。一方、徴税人はローマの占領者に仕える税の徴収人であり、忌み嫌われ、不正直を疑われ、正しい人々との交際から除外された人物です。しかしキリストの裁定は社会的な序列を逆転させます。家に義とされて帰るのは徴税人であり、ファリサイ派の人ではありません。
なぜでしょうか。ファリサイ派の人は、その真実な業にもかかわらず、*「私は他の人々のようではない」*という高慢にむしばまれているからです。彼の祈りはもはや祈りですらありません。それは自らを讃える香です。彼は何も必要としていないと信じているため、何も求めません。彼は神に感謝しますが、実際には自分自身を祝福しています。
反対に徴税人は目を上げることすらしません。自分の善い業を弁護しません。弁護できるものが何もないことを知っています。彼はただ真理を言います。「罪人の私を憐れんでください」。そして、まさに謙遜である、自分についてのこの真理が救いの扉を開くのです。
聖アウグスティヌスは、この箇所に関する有名な説教の中で、次の結論を引き出します。
「神は、高慢に感染した善い業よりも、謙遜を伴う悪い行いをより喜んで見られます。」[36]
「徴税人や娼婦たちがあなたたちより先に王国に入る」
数章後、イエスはさらに急進的になられます。客観的に徳高く、宗教を遵守し、尊敬される裁き人である祭司長たちと民の長老たちに語りかけ、二十世紀にわたって躓きを与えてきた一文を述べられます。
「はっきり言っておきます。徴税人や娼婦たちは、あなたたちより先に神の国に入ります。」[37](マタイ21,31)
この言葉をどう理解すべきでしょうか。言うまでもなく、売春や占領者への協力の弁護として読むのではありません。意味は教義的です。徴税人や娼婦たちは、少なくとも、自分自身の正しさという幻想を持っていません。彼らは自分が罪人であることを知っています。彼らには意に反して、砕かれた心があります。そしてまさにこの砕かれた心こそ、神が求めておられるものです。
神が心の中に何を見られるか
このたとえは、神の読解の枠組みを明らかにします。人間が業を見る場所で、神は心の謙遜を見られます。神は、厳密には、各人の道徳的な貸借対照表を量られるのではなく、意向と内的な心構えを量られます。高慢に満ちた、一見徳高い生活は、神の前では何の重みも持たないことがあります。謙遜に貫かれた、一見失敗した生活は、神の前では無限に重く量られることがあります。
イエスがルイーザ・ピッカレータに確認されるのはこのことです。
「私の娘よ、純粋な意向なしに、習慣や利己主義によってなされた、たとえ善いものであっても、多くの行いをした魂たちはどうなるでしょうか。彼らは、審判の日に、それ自体は善いのに不完全な意向のために汚されたそれらの行いを見て、どれほど恥じることでしょうか。実際、私にとって重要なのは行いの大きさではなく、それらがなされる意向です。」[38]
そしてさらに率直にこう言われます。
「それ自体は善く、大きくさえある行いでも、私のためだけになされていないものは、輝かない、錆びて汚れた金のようです。私はそれらに目を向けることさえしません。」[39]
これは20世紀の神秘的な新奇なものではありません。施しをするときに「自らの前にラッパを吹き鳴らし」、「すでに報いを受けている」人々(マタイ6,2-5)を非難したマタイ6章におけるキリストの教義そのものです。
へりくだって罪を犯す方が、高慢に徳高く生きるよりもよいのか?
ここまでの論証の時点で、歪曲しないために正確に引用し、その正確な意図において理解しなければならない急進的な教父伝統が現れます。
ミレーヴの聖オプタトゥス:衝撃的な一文
聖オプタトゥスは、4世紀のヌミディアのミレーヴの司教であり、純粋な者の教会であると主張する厳格主義の分派ドナトゥス派を扱います。彼は、謙遜の優位に関するカトリック霊性伝統全体を要約する一文を彼らに対置します。
「高慢を伴う無罪よりも、謙遜を伴う罪の方がましです。」[40]
この定式は現代の耳にはほとんど異端的に響きます。しかし、それは徴税人とファリサイ派の人のたとえの論理を忠実に表しています。神が救われるのは、たとえ罪に汚れていても謙遜な心であり、高慢に住まわれた見かけの道徳的完全さではないのです。
聖アウグスティヌスと徴税人への注解
聖アウグスティヌスは、オプタトゥスの系譜で言い換えます。
「神は、高慢に感染した善い業よりも、謙遜を伴う悪い行いをより喜んで見られます。」[41]
「より喜んで見られる」という動詞は正確です。神は悪を是認されず、罪についての考えを変えられたのではありませんが、へりくだった罪人には憐れみの眼差しを向けられます。一方、高慢な正しい人からは目を背けられます。
同じ教義の凝縮した定式
霊的集成は、二台の車の教えを次のように凝縮します。
「善い業で満たされ、高慢に引かれた車は地獄へ導き、謙遜に引かれ、罪で満たされた車は楽園へ導きます。」[42]
ニュッサのグレゴリウスの兄弟であり、彼とともに偉大なカッパドキア教父であるカエサレアの聖バシレイオスは、後述する聖ペトロの例によって同じ教えを具体例で示します。
聖ヨハネス・クリュソストモス:なぜ謙遜な車が追い越すのか
聖ヨハネス・クリュソストモスは、『神の不可解性について』(アノモイオス派に対して)の第五講話の中で、この比喩を展開します。
「思いの中で二台の車を思い描きなさい。一方に徳と高慢を、他方に罪と謙遜をつなぎなさい。そうすれば、罪と謙遜によって引かれた車が、徳の車を追い越すのを見るでしょう。それは決してその固有の力によってではなく、それに結びついた謙遜の力によるのです。同様に、他方は徳の弱さのためではなく、高慢の重い質量のために敗れるでしょう。実際、謙遜は、その計り知れない上昇の力によって、罪の重さに打ち勝ち、最初に天へと上ります。同様に高慢は、その質量の大きな重さのために、徳の軽ささえも凌駕し、それを容易に下へ引きずることができます。」[43]
仕組みは明快です。謙遜は、罪の質量さえも持ち上げることができる「上昇の力」を持っています。高慢は、本物の徳さえも下へ引きずることができるほどの「質量」を持っています。
クレルヴォーの聖ベルナルドゥス:へりくだった罪人と高慢な童貞
このイメージは、12世紀の甘美な博士であるクレルヴォーの聖ベルナルドゥスにおいて、『Super Missus』講話の中でさらに厳しくなります。
「小羊の足跡を歩むために謙遜の小道を取った罪人は、その童貞において高慢の道を歩む人よりも確かな道を取りました。前者の謙遜は彼の汚れから彼を清めますが、後者の高慢は彼の清廉を汚すことしかできないからです。」[44]
この一文は教義的に爆発的です。へりくだった罪人と高慢な童貞の間で、ベルナルドゥスは罪人に賭けます。罪が善いからではなく、罪は善くありませんが、罪人においてさえ謙遜は恵みを開く鍵であり続け、童貞においてさえ高慢は恵みを働かなくする閉じた錠であり続けるからです。
この伝統を歪曲せずに理解すること
この伝統を正確に聞かなければなりません。それは次のことを言っていません。
- 徳を実践するよりも罪を犯す方がよい(それは道徳的な不条理でしょう)、
- 善い業は何の役にも立たない(それはヤコブ2,14-26に反するでしょう)、
- 謙遜は罪との戦いを免除する(それは苦行伝統全体に反するでしょう)。
それはこう言っています。神の秤において、謙遜は業よりも重く量られます。謙遜は業を超自然的に有効にする心構えだからです。現代の霊的集成はこの伝統を次のように要約します。へりくだって耐え忍ばれた失敗は、高慢をもって得られた勝利よりもましであると言われます[45]。
そして十字架の聖ヨハネは急進化します。
「すべての幻視と啓示、すべての天上的な感情は、最も小さな謙遜の行為ほどにも価値がありません。」[46]
聖アルフォンソ・デ・リグオーリも同じ方向に行きます。彼は、一つの謙遜の行為の価値を測るよう招き、それを世界のすべての宝の獲得よりも有益であると考えます[47]。
千年の歴史によって隔てられたこれらの聖人たちの一致した教えは、キリストの言葉に完全な射程を与えます。砕かれへりくだった心を、神よ、あなたは侮られません。
神の教育法:神は高慢を癒すために堕落を許される
ここはカトリック霊性教理の特に繊細な点であり、臆することなく、しかし慎重に定式化しなければなりません。
なぜ神は信者が倒れることを許されるのか
謙遜は救いにそれほど必要であり、高慢は人間の魂の中でそれほど巧妙であるため、神は高慢を癒すために堕落を許されることがあります。神は罪を引き起こされず、誰も悪へ誘惑されません(ヤコブ1,13)が、信者が経験によって自らの脆弱さを発見できるよう、一時的に感覚的な恵みの支えの一部を取り去られることがあります。7世紀のシリアの神秘家である聖イサク・シリア人は、この教育法を稀な力強さで描写します。
「信じなさい、私の兄弟よ、あなたはまだ誘惑の力とその策略の巧妙さを理解していません。しかしある日、経験があなたに教え、あなたはその前に、どこに頭を向ければよいか分からない子どものように自らを見るでしょう。あなたのすべての知識は、小さな子どものように混乱に変わるでしょう。神のうちにそれほど堅く立っているように思えたあなたの精神、精確な知識、均衡の取れた思考は、疑いの海に浸されるでしょう。そのとき、それらに打ち勝つのを助けることができるのは一つのことだけです。謙遜です。あなたがそれを掴むや否や、それらの力はすべて消え去ります。」[48]
この経験は普遍的です。真剣な霊的生活において、理論的な自負が崩れ去る日が来ます。知っていると思っていたことを実際には知らず、所有していると思っていたものを所有していないことが分かります。この痛ましい崩壊は、逆説的に恵みです。それは、もはや言葉の上の譲歩ではなく肉体的な経験に基づく真の謙遜への道を開きます。
聖ペトロ:否認によって清められた高慢な使徒
福音書における典型例は聖ペトロの例です。ペトロはイエスを真心から愛していました。その後の歩みはローマでの殉教に至るまでそれを証明しました。しかしペトロは受難の前には高慢でした。たとえ他のすべての人々が主を見捨てても、自分は決して主を否認しないと誓っていました(マルコ14,29)。その心を見ておられたイエスは、穏やかに答えられました。「今日、この夜、鶏が二度鳴く前に、あなたは三度私を知らないと言うでしょう。」(マルコ14,30)
カエサレアの聖バシレイオスはこの出来事を神学的に分析します。
「神は彼を人としての臆病さに委ねられ、彼は否認に陥りましたが、その堕落は彼を賢くし、警戒させるようになりました。彼は、自分の弱さを学んだことで、弱い人々を思いやることを学び、キリストの力によって守られていたことを今やはっきりと知りました。[…] 謙遜こそが、しばしば重く頻繁に罪を犯した者を解放するのです。」[49]
ペトロの高慢は、キリストが望まれた牧者になるために砕かれなければなりませんでした。堕落は、千の説教でも教えきれなかったことを彼に教えました。自分だけでは、恵みなしには、彼は自分の神を三度否認することができたのです。イエスが彼を教会の長として立てられるのは、まさにこの堕落の後であり、その前ではありません(ヨハネ21,15-17)。
聖パウロと肉の棘
聖パウロも類似した経験をしました。神秘的な幻視の中で第三の天にまで上げられ(2コリント12,2-4)、そこから計り知れない高慢を引き出しかねませんでした。それを防ぐため、神は彼に「肉の棘」、パウロがその正確な性質を明示しない持続的な弱さを残されます。霊的伝統はしばしばそれを、彼をへりくだらせ続けるための繰り返される誘惑や試練として読みます。
「私が思い上がることのないように、私の肉に一つの棘が与えられました。それは私を打つためのサタンの使いであり、私が思い上がることのないためです。これについて、取り去ってくださるよう、私は三度主に祈りました。しかし主は、「私の恵みはあなたに十分です。力は弱さの中で完全に現れるのです」と言われました。だから、キリストの力が私のうちに宿るように、私はむしろ大いに喜んで弱さを誇りましょう。それゆえ、私はキリストのためなら、弱さ、侮辱、苦難、迫害、行き詰まりをも大いに喜んで受けます。私が弱いときにこそ、私は強いのです。」[50](2コリント12,7-10)
この箇所から三つの教えが浮かび上がります。
- パウロはそこから解放されるよう祈りました。彼は受動的に受け入れたのではありません。
- 神は彼をそこから解放することを拒まれます。パウロを謙遜に保つためです。
- パウロは最終的にそれを喜びます。自分の弱さそのものが恵みを見えるものにすることが分かるからです。
これは、持続的な弱さと戦いながらそれを克服できない人々にとって貴重な読解の枠組みです。おそらく、この試練は高慢を防ぐために摂理的にとどまっているのかもしれません。結論は悪への諦めではなく、パウロは祈りました、戦いの中での平安であり、神が何をしておられるかを知っておられることを知ることです。
ジャック・フェッシュの現代の証言
20世紀、死刑囚ジャック・フェッシュは、1993年にジャン=マリー・リュスティジェ枢機卿によって列福調査が開かれた神のしもべであり[51]、1954年から1957年10月1日の処刑までの獄中での回心を経て、稀な明晰さの霊的日記を残しました。そこで彼は、激しい熱意の時期の後、神が感覚的な恵みをわずかに取り去られたと語っています。
「そしてそれは、私の善い決意の緩やかな崩壊、私の熱意の崩壊でした。私はついに、怠惰な無関心と、あらゆる努力への嫌悪の沼の中でふやけてしまいました。信仰の真理を完全に確信し続けながらです。言い換えれば、私は善がどこにあるかを知っていましたが、それを行いませんでした。私は疲れて弱く、乗り越えなければならない試練が自分の抵抗力にとって強すぎると思われたからです。」[52]
しかしフェッシュは、この試練において、自分だけでは何もできないことを理解します。砂漠の横断は、以前の霊的読書すべてよりも深く謙遜を教えます。そして彼は後に、高慢を印象的な明晰さで描写します。
「高慢です。それを最も恐ろしい災厄のように警戒しなければなりません。他のすべての悪徳が征服されたとき、高慢だけが残り、捉えどころなく、私たちの最良の思いの中に入り込みます。それは粘り強く、巧妙で、植物の周りのヒルガオのように私たちの魂に巻きつきます。それは憎しみの中で発展し、完成の探究にも付き従います。他の悪徳が、たとえ毒性が強くても、はっきりと区切られており、それゆえ正面から攻撃しやすい一方で、高慢は忍び込み、私たちの魂を、もはや何を考えるべきか分からなくなるほどにかき乱します。自分の惨めさ以外の何も信じないことです。」[53]
診断は容赦がありません。高慢を、怒りや淫蕩を攻撃するように正面からは「攻撃」できません。逆の戦略、すなわち謙遜が必要です。それはまさに自分の惨めさ以外の何も信じなくなることにあります。
謙遜の計り知れない恩恵
謙遜は天の恵みを引き寄せる
カトリックの霊的秩序において、謙遜は単なる一つの徳ではありません。それは恵みへの接近の条件です。それなしには、恵みは魂のうちに降り立つ場所を見つけられません。イエスがイタリアの神秘家ルイーザ・ピッカレータ(1865-1947)に、ほぼ法的な正確さで説明されるのはこのことです。
「いかなる恵みも、謙遜を通してでなければ、私の玉座を離れません。いかなる願いも、謙遜の署名を持っていなければ、私に受け取られることはできません。いかなる祈りも、謙遜の香りに包まれていなければ、私の耳に聞かれず、私の心を憐れみに動かしません。」[54]
そしてさらに直接的にこう言われます。
「私が私の恵みをあなたの心に注ぐためには、あなた自身では何もできないとあなたが確信することが必要です。」[55]
イエスはすでに、ヘルフタのベネディクト会修道女である聖メヒティルド・フォン・ハッケボルン(1241-1299)にこう言われていました。
「私は、霊的な賜物を与えるために、いつも最もへりくだった、最も小さな者たちを探してきました。」[56]
イエスはルイーザにも同様に言われます。
「謙遜は天の好意を引き寄せます。魂のうちに謙遜を見出すや否や、私はあらゆる種類の天の好意を豊かに注ぎます。心配するよりも、あなたが謙遜で満たされていることを確認し、残りのことは心配しないでください。」[57]
「謙遜は楽園の鍵である」
同じ系譜でこう言われます。
「謙遜は楽園の鍵であり、誰もそれなしには入ることができません。謙遜は神と楽園全体の微笑みであり、地獄全体の涙です。」[58]
イメージは力強いものです。輝かしく、寛大で、苦行に励み、徳高くあることはできますが、謙遜がなければ扉は閉ざされたままです。逆に、まったく貧しく、教育を受けず、特別な業がなくても、謙遜があれば扉はすでに開いています。それは福音書の第一の至福の約束そのものです。「心の貧しい人々は幸いです。天の国はその人々のものだからです。」(マタイ5,3)。心の貧しい人々とは、絶えざる解釈伝統において、へりくだった人々のことです。
すべての徳を味付けする塩
ルイーザは比喩を続けます。
「謙遜は、すべての徳を味付けし、魂を罪の腐敗から守る塩です。謙遜は道のそばに生える小さな草です。踏みにじられると消えます。しかしその後、前よりも美しく生え戻ります。謙遜は、野生の植物を高貴にする家庭的な接ぎ木です。それは恵みの貨幣です。」[59]
連続する三つのイメージがあります。
- 塩:それなしには、徳は味気なく、超自然的な味わいを持ちません。
- 踏みにじられた草:へりくだった人は押しつぶされても、いつも生え戻ります。
- 家庭的な接ぎ木:謙遜は罪人の野生の性質さえも高貴にします。
内なる平安と他者を裁くことの終わり
謙遜は恵みを引き寄せるだけではなく、魂の生活において即座に感じられる実りも生みます。トマス・ア・ケンピスは書きます。
「へりくだった人は揺るぎない平安を楽しみ、怒りと嫉妬が高慢な者の心をかき乱します。」[60]
この平安は、へりくだった人がもはや守るべきものを持たないことから来ます。自分の評判(自分の惨めさを知っています)、自分の優越性(何も主張しません)、自分の正しさ(自分だけでは何も持たないことを知っています)。高慢な人は、反対に、絶えず脅かされています。一言、一つの眼差し、一つの比較が彼を動揺させうるのです。12世紀のシトー会修道士、ペルセーニュのアダムは、それを数語で描写します。
「したがって、謙遜があるところには、平安も、戒めへの畏れと尊重もあります。謙遜は、人よ、あなたが何であり、何であったか、何にならなければならないかを示します。土と灰よ、なぜ高慢になるのですか。なぜ自分の状態を忘れるのですか。」[61]
謙遜は最後に、他者の眼差しへの恐れから解放します。アビラの聖テレジアは『霊魂の城』の中で書きます。
「こうして、内なる自由を征服し始め、良くも悪くも、私たちについて言われることをもはや気にかけなくなります。」[62]
アッシジの聖フランチェスコは『勧告』の中で補います。
「人間は神の前で価値がある分だけ、現実に価値があり、それ以上ではありません。」[63]
オラトリオ会の伝統は、聖フィリッポ・ネリに同じ生活規範を帰します。彼に対する告発が完全に誤りであったとしても、決して言い訳をしないことです[64]。
謙遜、神を知ることの条件
謙遜は最後に、最も高い知識、すなわち神ご自身、その「意志」の知識、つまりその愛の計画と、私たちのうちに置こうとされる神的命の知識への道を開きます。イエスはルイーザにそれを説明されます。
「謙遜は、私の意志の知識を生み出します。」[65]
ここで「その意志」とは、守るべき戒めだけを意味するのではありません。『天国の書』の言葉では、それは私たちのうちに受けられ、そこで生き働く意志そのものであり、単なる従順をはるかに超えています。
彼は明示します。ここで「自らを無にする」とは、自分に頼ることをやめることであり、「自分の無を認める」とは、神なしには何もできないと告白することです。
「あなたが自らを無にすればするほど、自分の無を認めることを学べば学ぶほど、私の人間性はあなたにその徳を伝え、その光であなたを満たします。」[66]
逆説は絶えません。謙遜において降りれば降りるほど、神を知ることにおいて上がります。なぜでしょうか。神を知ることは、知的な征服ではなく賜物だからです。神は小さな者たちにご自分を与えられます。高慢な者たちに対しては、怒りからではなく、高慢が魂の扉を塞ぐために、不透明なままにとどまられます。
高慢、すべてのうちで最も主要な罪
天使たちの罪とアダムの堕落
すべての人間的な罪の起源に、カトリック伝統は一つの第一の悪徳、高慢を見分けます。アダムの堕落以前に、堕落した天使たちが神から離れたのは高慢によるものでした。教父伝統は、イザヤ14,12-14とエゼキエル28,11-19に依拠して、ルシフェルの反逆を、被造物が創造者の地位に上ろうとする純粋な高慢の行為として常に読み取ってきました。
聖シャルル・ド・フーコーは、エフライムでの八日間の黙想(1898年3月14-21日)において、天使たちの滅びとアダムの堕落の原因としての高慢と、救いの場としての謙遜について黙想します[67]。
聖トマス・アクィナスは『神学大全』の中で、高慢は*「すべての悪徳の根であり女王である」*と教えます[68]。『カトリック教会のカテキズム』は、高慢を七つの大罪の中の、すべての第一として分類することでこの伝統を繰り返します(CEC §1866)。大罪的(capital)とは、それ自体で最も重いこと(背教や殺人はそれ以上でありうる)を意味するのではなく、他の罪を生み出すもの、caput、頭、源を意味します。
「高慢は恵みをむしばむ」
謙遜が恵みを引き寄せるなら、高慢はそれを遠ざけ、さらに悪く、それを破壊します。イエスはルイーザ・ピッカレータに言われます。
「私の娘よ、高慢は恵みをむしばみます。高慢な者の心の中には、煙で満たされた空虚があるだけであり、それが盲目を生み出します。高慢は人から自らの偶像を作ります。高慢な者は自分のうちに神を持っていません。罪によって、彼は自分の心の中で神を破壊します。自分の心に祭壇を築くことで、彼は神の上に自らを置き、自分を崇拝します。」[69]
三つの霊的な仕組みが描写されます。
- 高慢は恵みをむしばみ、それを摩耗させ、逃げさせます。
- それは盲目を生み出します。高慢な者は自分がそうである通りに自分を見なくなります。
- それは魂を自らの偶像にします。高慢な者は最終的に自分を崇拝します。
ルイーザ自身が加えます。
「高慢は神に対する最も恐ろしい忘恩であり、神に対してなしうる最大の侮辱です。それは魂を完全に盲目にし、大きな不信仰に陥らせ、その滅びへと導きます。」[70]
霊的な盲目
盲目は中心的な危険です。高慢な者は自分が高慢であることを知りません。それが高慢の定義そのものです。20世紀のベネディクト会修道士ジョン・チャップマン神父に帰される格言によれば、自分がへりくだるようになったと信じること自体が、すでに反対の証明でしょう[71]。
実際、へりくだった人は常に自分が実際以上に高慢だと信じ、高慢な人は常に自分が実際以上にへりくだっていると信じます。それは魂が自分に向ける眼差しの正確な反転です。シエナの聖カタリナはそれを実践的な基準としました。謙遜において進歩しているかどうかを知るためには、自分がまだ高慢であると感じているかどうかを確認すれば十分です。進歩している印象を受けるなら、警戒しなければなりません。
高慢の捉えどころのなさ
ジャック・フェッシュのもとで見たように、高慢には、他の徳の実践の中を含め、あらゆるところに入り込む唯一の悪徳であるという特徴があります。自分の謙遜、苦行、慈愛、神学的知識、神秘的な幻視について高慢になることができます。砂漠教父の『アポフテグマ』から、『謙遜と高慢の段階について』(1124)におけるクレルヴォーの聖ベルナルドゥスに至るまでの苦行伝統全体は、この螺旋を強調します。魂が進めば進むほど、そのうちに思いもよらない自己愛の底が発見されます[72]。
この螺旋には底がありません。決定的に安全になる点はありません。だからこそ霊的伝統は、不安ではなく明晰な、自己愛の微妙な動きに対する絶えざる警戒を勧めるのです。
他のすべての悪徳よりも危険
トマス・ア・ケンピスは『キリストに倣いて』の中で、高慢の霊的危険性についての粗く、ほとんど臨床的な基準を定式化します。
「人間は自分を知れば知るほど、自らをへりくだらせます。そして人々からの空しい賞賛に留まりません。」[73]
したがって高慢な者は、根本的に、自分を知らない者であり、そのために神の眼差しではなく他者の眼差しにぶら下がっています。聖ファウスティナ・コヴァルスィカは、その『小さな日記』(1934-1938)の中で、この問題を一文で要約します。
「私自身では、一つのことしかできません。神よ、あなたに罪を犯すことです。惨めさはそれ自体では、無限の善よ、あなたに罪を犯すこと以外、何もできないからです。」[74]
そしてまさにこの急進的な意識こそ、病的なものでも、罪責感を与えるものでもなく、真実なものであり、キリスト教的謙遜の核心を構成するのです。
日常における謙遜の生き方
すべてが神から来ることを認めること
謙遜の第一の実践的な適用は、各賜物をその与え主に返すことです。自然な才能、知性、美しさ、健康、財産、徳、成功、召命、すべてが受けたものです。聖パウロはそれを容赦ない修辞的疑問で定式化していました。「あなたが受けなかったものが何かあるでしょうか。」(1コリント4,7)すべてが受けたものなら、個人的な優越性は成り立ちません。したがって日常の謙遜は、小さな成功のたびに、うまくいった仕事、相応しい言葉、受けた褒め言葉のたびに、内面で*「主よ、感謝します。それはあなたからです」*と認めることにあります。
リジューの聖テレーズはそれを自らの「小さな道」の素材としていました。何も主張せず、すべてのことを賜物として受け入れ、業によってではなく、告白された貧しさによって神へと上ることです。
非難されたときに言い訳をしないこと
聖フランシスコ・サレジオは、第二十二の霊的談話の中で、謙遜の五段階の分類を提案しています。それはサレジオ霊性の最も実践的な箇所の一つを構成します。ここで詳細には入りません(それは専用の記事の対象です)が、少なくとも中心的な原則を保持しなければなりません。完全な謙遜は、自分の惨めさを知ることに満足せず、それが他者によって認められることを受け入れ、最高の段階では、それを喜びさえします。
「軽蔑を愛し、批判されるときに喜ぶことです。なぜなら、他人の精神を欺く見込みなどあるでしょうか。それは合理的ではありません。私たちは何ものでもないと告白しているのですから、私たちがそうであると信じられ、そうと言われ、卑しく惨めな者として扱われることを喜ばなければなりません。」[75]
伝記作者たちによって報告された逸話です。ある日、聖フランシスコ・サレジオに、敵の一人からの多くの批判が報告されました。彼は答え、本当にそのように思っていました。「ああ、ついに私を本当に知っている人が現れた。」[76]
彼の友人である聖ジャンヌ・ド・シャンタルは補います。本当にへりくだった心は、へりくだらされると、さらに低くなろうとします[77]。
最後の席を好むこと
福音書の戒めは明確です。イエスはルカ14,8-11でそれを与えられます。第一の席を選んだ婚宴の招待客たちに、まず最後の席を取るよう教えられます。「招いた人が来て、「友よ、もっと上席にお進みください」と言うためです」(ルカ14,10)。そして福音書全体を貫く原則で締めくくられます。「誰でも高ぶる者は低くされ、低くする者は高くされます。」(ルカ14,11、ルカ18,14、マタイ23,12)
具体的には、それは千もの小さな態度に表れうるものです。発言を譲ること、評価の低い仕事を受け入れること、会話の中で輝こうとしないこと、最後の分け前を取ること、話す前に聞くこと、常に助言するのではなく助言を求めることです。
自分を警戒し、神に信頼を置くこと
謙遜の主要な実践的帰結は、霊的伝統が自己への不信と呼ぶものです。それは病的な自信の欠如ではなく、神なしには何も可能でないことを知る、自らの力の公正な評価です。聖書は、現代文化がもはや耐えられない明快さでそれを言います。
「自分の心に信頼する者は愚か者です。」[78](箴言28,26)
そして逆にこう言います。
「心を尽くして主に信頼し、自分の知性に頼ってはなりません。」[79](箴言3,5)
「人々に頼るよりも、主に身を寄せる方がよい。」[80](詩編117,8)
したがってキリスト教的謙遜は信頼の欠如ではなく、信頼の移動、自分から神への移動です。聖ルイーズ・ド・マリヤックは要約します。神の恵みを得るためには、自己への聖なる不信とその善性への大きな信頼によって自らをへりくだらせる必要があります[81]。
謙遜と信頼:切り離せない二つの深淵
なぜ謙遜だけでは十分でないのか
信頼のない謙遜は致命的です。自分が罪人であり、惨めであり、善いことを少しもできないと知りながら、神の無限の憐れみを信じないなら、絶望に陥ります。それはまさにユダが裏切りの後に犯した罪です。だからこそカトリック霊的伝統は、シエナの聖カタリナとフォリーニョの聖アンジェラ以来霊性が二重の深淵と呼ぶ二つの極を、分離できない形で一緒に保持します。人間の無の深淵と、神の愛の深淵です。
20世紀のフランスの神秘家である尊者マルト・ロバン(1902-1981)は、この連結を次のように要約できる一文で定式化しました。謙遜が降りれば降りるほど、信頼が上がり、魂を愛へと高めます[82]。
この動きは見かけ上は逆、謙遜において降りながら信頼において上がるものですが、実際には一貫しています。自分の惨めさを知れば知るほど、憐れみを必要とします。憐れみを知れば知るほど、崩壊することなく自分の惨めさを見つめる力が増します。
聖フランシスコ・サレジオ:へりくだった者だけが真の信頼を持つことができる
聖フランシスコ・サレジオは、訪問会の姉妹たちへの手紙の中で、同じ連結を定式化します。彼によれば、自分の惨めさを知る魂は大きな信頼をもって神へ行くことができ、この知識は真の信頼の条件でさえあります。私たちの惨めさの告白が私たちを神の前に導き、憐れみは惨めな者たちに対して行使されるからです[83]。
この議論は神学的に決定的です。神は惨めな者たちに対してしかその憐れみを行使できません。私が自分を惨めであると認めることを拒むなら、神が憐れみを取り下げられるからではなく、憐れみが私に届かなくなるために、私は自らその憐れみを奪われるのです。
聖ファウスティナと二重の眼差し
神の憐れみの使徒である聖ファウスティナ・コヴァルスィカ(1905-1938)は、その『小さな日記』の中で同じ連結を表現します。
「自分の惨めさに気づくことで、私は同時にあなたの憐れみの無限の深さに気づきます。私の内なる生活の中で、私は、自分である惨めさと卑しさの深淵を一方に、そして他方に、神よ、あなたの憐れみの深淵を絶えず目の前に置いています。」[84]
互いに養い合う二つの同時的な深淵。それが真正なカトリック霊的生活全体の呼吸です。
フォリーニョのアンジェラ:霊的生活の完全性
フランシスコ会第三会会員であり、中世の最も偉大な神秘家の一人であるフォリーニョの聖アンジェラ(1248-1309)は、独自の仕方で同じ秘密を表現します。
「完全性はすべてここにあります。自分を知ること、神を知ることです。すべての必要性を支配する至高の必要性です。永遠に二重の深淵の上に身を傾けていること、それが私の秘密です。」[85]
そしてより広くこう言います。
「神のすべてと人間の無を知ること、それが完全性です。」[86]
ここで*「完全性」*という語は決定的です。アンジェラは霊的生活の前段階を描写しているのではなく、その完成を描写しています。二重の深淵を超えることは決してありません。それが霊的生活そのものであり、最初の歩みから至福直観における完成に至るまでです。
シトー会神秘主義の頂点の一つと見なされる『謙遜と高慢の段階について』におけるクレルヴォーの聖ベルナルドゥスの教えもこれです。「この二つの知識が救いのためにあなたにいかに必要であるかに注目しなさい。一方または他方が欠けるなら、あなたは救われることができません。」[87]
結論:魂の呼吸としての謙遜
この旅の終わりに、一つの明白な事実が浮かび上がります。謙遜は、他の徳の中の一つの徳ではありません。時々実践したり、すでに堅固なキリスト教生活に付け加えたりできるものではありません。それは神の前における魂の呼吸そのものであり、神なしには何ものでもないことを認める吸気であり、神から与えられたすべてを神に返す呼気です。
実践的には、次のことが保持されます。
- 謙遜は自分についての真理です(アビラのテレジア)。上でも下でもなく、自分がそうである通りに自分を見ることです。
- それはすべての他の徳の根です(ヨハネス・クリュソストモス、フランシスコ・サレジオ)。
- キリストはその自由な自己無化によって至高の模範です(ピリピ2,5-8)。
- 神は高慢な正しい人よりも、へりくだった罪人をより喜んで見られます(アウグスティヌス、ベルナルドゥス、オプタトゥス)。
- 神は高慢を砕くために時に堕落を許されます(聖ペトロ、聖パウロ、ジャック・フェッシュ)。
- 高慢は最も捉えどころのない悪徳です。それは完成の探究の中にまで入り込みます。
- 謙遜は恵みを引き寄せます。それなしには、いかなる祈りも聞かれません。
- それは信頼を呼びます。惨めさの知識だけが憐れみへの道を開きます。
聖ベルナルドゥスは締めくくりました。*「あなたは二つの知識なしには救われることができません。」だからこそ、砂漠の教父たちからリジューのテレーズに至るまで、一致したカトリック伝統は、シャルル・ド・フーコーが言ったように、「謙遜の中に沈むこと」*を決してやめないよう招くのです。病的な自己卑下によってではなく、この深淵の底で、十字架の死に至るまで自らを低くされた方の愛に常により深く出会うからです。
さらに学ぶために
- 二重の深淵:入門、霊的生活全体の根である、自分と神についての二重の知識のカトリック教理。
- 謙遜を生み出す人間の無の知識、謙遜の第一の側面。神の前で自分の罪と惨めさを認めることです。
- ルイーザ・ピッカレータ(1865-1947)、神の意志の生活における謙遜の位置を明らかにする著作を持つイタリアの神秘家。
注と参考文献
聖シャルル・ド・フーコー、『エフライムでの八日間の黙想』、1898年3月14-21日(ナザレの聖クララ修道院)。ここでは、キリストのテキスト的な言葉なしに言い換えとして提示される黙想。Joseph Kenny OPによる英訳からの再翻訳は、逐語引用としては保持されません。
1 67Jacques Fesch, 『Dans cinq heures je verrai Jésus』、éd. du Jubilé, 1989, p. 116(note du samedi 10 août 1957)。
2 53この記事で引用される神秘家たちの教会における地位は異なります。ルイーザ・ピッカレータは神のしもべです(列福調査は1994年に開始。信教省のNulla Osta、2024年6月、2024年12月3日に確認)。マリア・シンマ(煉獄の魂たち)とガブリエル・ボッシス(『彼と私』)の報告された言葉は、正式な教会承認のない私的啓示に属し、ここでは教義としてではなく霊的な証言として引用されます。
3現代の霊的文学によって砂漠の教父に帰される言葉(cf. Guy Gilbert, L'humilité, première des vertus, éd. Philippe Rey, 2014, p. 17)。確立したアポフテグマの出典のない、伝えられた伝統の現代的な中継。同じ定式は複数の霊的著者によって変形して繰り返される(聖アウグスティヌス、説教354;聖ボナヴェントゥラ、De perfectione vitae ad sorores)。
4特に聖アウグスティヌス、『ディオスコロスへの手紙118』、第22章(PL 33, 442)によって伝えられる伝統。「あなたは、神の真理に到達する道が何であるかを私に尋ねます。私は答えます。第一は謙遜、第二は謙遜、第三は謙遜です。そしてあなたが同じ質問を何度しても、私は同じ答えをします。」
5聖ヨハネス・クリュソストモス、Joseph Tissot, L'Art d'utiliser ses fautes, éd. Le Laurier, 2008, p. 53に引用。教父的出典:クリュソストモス、『マタイ講話』、XV, 2-3(PG 57, 230-231)。
6聖ヨハネス・クリュソストモス、『聖マタイ講話』、XV, 2(PG 57, 231)。
7聖フランシスコ・サレジオ、『全集』、t. IX, p. 428(アヌシー版、『説教』)。
8聖ジャンヌ・ド・シャンタル、Joseph Tissot, L'Art d'utiliser ses fautes, éd. Le Laurier, 2008, p. 61に引用。
9要約された教え(逐語引用ではなく言い換え):聖大グレゴリウス、『福音講話』、講話7、590年12月17日に行われたもの(PL 76, 1100-1105;trad. R. Étaix, SC 485, Cerf, 2005)。
10聖ヴァンサン・ド・ポール、『Saint Vincent de Paul par ses écrits』、Médiaspaul, 2003, p. 88。
11トマス・ア・ケンピス(『キリストに倣いて』の著者は列福されたことがありません。17世紀にわずかに着手されたその列福調査の段階はどれも実を結びませんでした)、『キリストに倣いて』、Livre I, ch. IV, 2。
12Maria Simma, 『Premier cahier, Le Péché et la Confession』、éd. Rassemblement à Son Image, 2014, p. 4。教会が承認していない私的啓示の枠組みで、主から受けたものとしてマリア・シンマによって報告された言葉。教義ではなく霊的な証言。
13シエナの聖カタリナ、『対話の書』、識別の論考、第九章、4。永遠の父がカタリナに語りかけられます。
14定式はアビラの聖テレジア、『霊魂の城』、第六の住処、ch. X, § 7。« andar en verdad »、真理のうちを歩むこと、それが謙遜そのものです(『全集』、trad. Pierre Sérouet, Cerf, 1995, p. 1018)。聖ヨハネ・パウロ2世と1989年9月6日の一般謁見への帰属は撤回されます。この謁見(カステル・ガンドルフォ)は聖霊降臨と洗礼に関するカテケージスであり、謙遜やアビラのテレジアについて一言もありません(イタリア語テキストはvatican.va)。嫉妬への治療としての謙遜については、『カトリック教会のカテキズム』、§ 2540も参照。
15シエナの聖カタリナ、『対話の書』、ch. I(永遠の父の言葉)。
16ルイーザ・ピッカレータへのイエス、『天国の書』、Tome 3、1900年1月12日(唾で覆われた顔についての口述。「人において謙遜と呼ばれるものは、自己認識と呼ばれるべきです」)。
17聖フィリッポ・ネリ(1515-1595)の古代の伝記作者たち、特にP. G. Bacci, 『Vita di S. Filippo Neri』、Rome, 1622によって報告される日々の祈り(英訳:「Lord, beware of me to-day, lest I should betray You, and do You all the mischief in the world」)。cf. Louis Bouyer, 『Saint Philippe Néri』、Cerf, 1958。ここでは言い換えとして提示されます。1622年のイタリア語版における正確な箇所は、ページで確認されていません。
18聖フランシスコ・サレジオ、『著作』、IX, 428。パウロの引用*「私たちが受けていない善いものを何か持っているでしょうか」*は1コリント4,7を指します。
19ヌルシアの聖ベネディクトゥス、『会則』、第四章、『善い業の道具とは何か』。ベネディクト会則(540年頃)は、さらに第七章全体を謙遜の十二段階に割いています。
20聖ヴァンサン・ド・ポール、『愛徳姉妹会への談話』、謙遜に関する談話(Coste IX)。
21Gabrielle Bossis, 『Lui et moi』、vol. I, n° 159, p. 110、原版(éd. Rassemblement à Son Image, 『Œuvre complète』、2021で確認されたテキスト。項目n° 159)。
22聖クロード・ラ・コロンビエール、『霊的黙想』(『Œuvres』、t. VII, Avignon, Seguin aîné, 1832収録)。「へりくだった人は自分の欠点しか見ません。他人の不完全さに気づくことは、徳が乏しいことの印です」(デジタル化された版で確認されたテキスト。旧来の女性化された定式は言い換えでした)。
23公式典礼訳(AELF)。ギリシア語テキスト:« τῇ ταπεινοφροσύνῃ ἀλλήλους ἡγούμενοι ὑπερέχοντας ἑαυτῶν »。
24謙遜に関するテレジアの教えの言い換え(cf. 『完成の道』、ch. 12-13、栄誉への執着からの離脱について)。以前に引用符で引用されたフランス語の定式は、『著作』(trad. Arnauld d'Andilly, XVIIᵉ siècle)の中で逐語的に見つかりませんでした。一方、その伝記作者たちは、彼女が自らの修道院を訪問する際に「優先者と副優先者に従い、いつも最後の席に就こうと努めていた」ことを証言しています。
25Thomas de Celano, 『Vita Prima』(1228-1229)、Iʳᵉ partie、フランチェスコの謙遜に関する箇所、面と向かって叱責するよう兄弟に命じたエピソード。「彼だけが自分をすべての人の中で最も卑しい者と考えていた」(ここでは英語から翻訳:「he alone counted himself the vilest of men」。確認されたテキスト)。旧来の参照「ch. XII, n. 26」は、確認されていないため撤回されます。
26典礼訳(AELF)。ギリシア語テキスト:« πραΰς εἰμι καὶ ταπεινὸς τῇ καρδίᾳ »。
27聖シャルル・ド・フーコー、『エフライムでの八日間の黙想』、1898年3月14-21日(ナザレの聖クララ修道院)。ここでは、キリストのテキスト的な言葉なしに言い換えとして提示される黙想。Joseph Kenny OPによる英訳、『Shouting the Good News: Retreats in the Holy Land』(Città Nuova, Rome, 1974)からの、ページやフランス語原版の確認なしの再翻訳は、逐語引用としては保持されません。
28典礼訳(AELF)。ケノーシスに関するギリシア語テキスト:« ἑαυτὸν ἐκένωσεν »(v. 7)。
29聖パコーミオス、『恨みを抱く修道士への助言』、éd. Saint-Léger, 2017, p. 32。
30タキトゥス、『年代記』、XV, 44。« Auctor nominis eius Christus Tiberio imperitante per procuratorem Pontium Pilatum supplicio adfectus erat ; repressaque in praesens exitiabilis superstitio rursum erumpebat… »、「この名の創始者であるキリストは、ティベリウスの治世下に、総督ポンティウス・ピラトゥスのもとで処刑を受けました。その時抑圧された有害な迷信が再び広がりました…」(ラテン語からのこの記事の翻訳)。
31キリストの三つの低下(受肉、十字架、聖体)に関する、この記事固有の神学的考察(意見であり、著者の引用ではありません)。キリストの謙遜については、cf. 聖アルフォンソ・デ・リグオーリ、『Pratique de l'amour envers Jésus-Christ』(1768)、ch. VIII。
32ウルガタの番号付け。マソラ本文によれば、詩編51,19。典礼訳(AELF)。
33聖シャルル・ド・フーコー、『エフライムでの八日間の黙想』、1898年3月14-21日(ナザレの聖クララ修道院)。ここでは、キリストのテキスト的な言葉なしに言い換えとして提示される黙想。Joseph Kenny OPによる英訳、『Shouting the Good News: Retreats in the Holy Land』(Città Nuova, Rome, 1974)からの再翻訳は、逐語引用としては保持されません。
34公式典礼訳(AELF)。
35聖アウグスティヌス、『説教』、徴税人とファリサイ派の人についての説教115(PL 38, 655-657)。
36公式典礼訳(AELF)。ギリシア語テキスト:« οἱ τελῶναι καὶ αἱ πόρναι προάγουσιν ὑμᾶς εἰς τὴν βασιλείαν τοῦ Θεοῦ »。
37ルイーザ・ピッカレータへのイエス、『天国の書』、Tome 2、1899年5月7日(「意向の純粋さ」についての口述)。
38ルイーザ・ピッカレータへのイエス、『天国の書』、Tome 3、1899年11月6日(「私を喜ばせるためだけになされるすべてのこと」についての口述)。
39ミレーヴの聖オプタトゥス、『De schismate Donatistarum』(『ドナトゥス派に対する論考』、v. 364-367)、livre II, § XX、ファリサイ派の人と徴税人のたとえの注解(Lc 18, 9-14)。ラテン語:« meliora inventa sunt peccata cum humilitate quam innocentia cum superbia »(éd. C. Ziwsa, CSEL 26, 1893, p. 57;cf. PL 11)。英訳O. R. Vassall-Phillips、『Against the Donatists』、Londres, 1917, p. 105(« More tolerable is it to find sins where there is humility, than innocence where there is pride »)。仏訳M. Labrousse, SC 412(tome I : livres I-II)、Cerf。フランス語で引用される定式はJoseph Tissot, 『L'Art d'utiliser ses fautes』、éd. Le Laurier, 2008, p. 59。
40聖アウグスティヌス、『徴税人とファリサイ派の人についての講話』、『説教』115(PL 38, 655-657)。
41Joseph Tissot, 『L'Art d'utiliser ses fautes』、éd. Le Laurier, 2008, p. 59(セッションで確認されたページ。第「自分の過ちをへりくだるために用いること」、§ 34)によって伝えられる凝縮した定式。彼はそれを正確な出典なしにニュッサの聖グレゴリウスに結びつけます。ニュッサの出典は見つからず、帰属は撤回されます。教父的出典として保持されるのは、比喩を自ら展開し、『謙遜についての講話』でそれを想起する聖ヨハネス・クリュソストモスだけです(次の注を参照)。
42聖ヨハネス・クリュソストモス、『神の不可解性について』(アノモイオス派に対して)、homélie V(PG 48)。「思いによって二台の車をつなぎなさい」(Ἅρματα δύο ποίησον τῷ λόγῳ)。一方に高慢を伴う徳(ファリサイ派の人)、他方に謙遜を伴う罪(徴税人)。著者は自らの『謙遜についての講話』の中でそれを想起しています(「かつて、ファリサイ派の人と徴税人について、仮説として二台の車をつないだとき…」、cf. NPNF, 1ʳᵉ série, t. IX)。仏訳:『Homélies sur l'incompréhensibilité de Dieu』、Albin Michel, « Spiritualités vivantes », 1993。
43クレルヴォーの聖ベルナルドゥス、『Homélie I』、『Super Missus est』(PL 183, 55-88)。1115年から1124年の間に書かれた、受胎告知に関する四つのベルナルドゥスの講話の一つ。
44現代の霊的文学によって伝えられる定式。確立したアポフテグマの出典は見つかりませんでした(以前に提示された参照『Vitae Patrum』、XV, 74はセッションで確認できませんでした)。ここでは、教父の言葉ではなく現代の中継として提示されます。
45十字架の聖ヨハネ、『霊的な助言と格言』、n° 99(éd. 『Œuvres complètes』、Cerf)。
46謙遜の価値に関する聖アルフォンソ・マリア・デ・リグオーリの教え。『Pratique de l'amour envers Jésus-Christ』(1768)、ch. VIII、あるいは『La Vraie épouse de Jésus-Christ』、ch. IIIから報告されるとも言われます。フランス語の逐語の正確な著作、章、ページが見つからなかったため、この箇所は引用符なしで言い換えられます。
47聖イサク・シリア人、『禁欲的講話』、Discours 57(éd. française Cerf / Spiritualité orientale)。
48カエサレアの聖バシレイオス、『講話』、XX, 4 『謙遜について』(PG 31, 525-540)。
49公式典礼訳(AELF)。
501987年9月21日にパリ大司教ジャン=マリー・リュスティジェ枢機卿によって開かれた教区調査。列福調査は1993年に正式に開始(cf. Catholic News Agency, 4 décembre 2009)。ジャック・フェッシュは神のしもべであり、列福されていません。
51Jacques Fesch, 『Dans cinq heures je verrai Jésus』、éd. du Jubilé, 1989, p. 97(lettre du 22 août 1957)。
52ルイーザ・ピッカレータへのイエス、『天国の書』、Tome 3、1900年1月12日。
54ルイーザ・ピッカレータへのイエス、『天国の書』、Tome 1、項目8(édition Résiac, 176 p.。命令によって書かれた第1巻は、日付のない回顧的な物語で、十六年以上の内なる生活を日付なしで再現します)。
55ヘルフタの聖メヒティルド・フォン・ハッケボルン(1241-1299)へのイエス、ベネディクト会修道女、『Livre de la grâce spéciale』(Liber specialis gratiae)。主が聖人に語られた言葉を記録します。Auguste Saudreau, 『Les Divines Paroles. Recueil de paroles de Notre-Seigneur à diverses saintes』、éd. Saint-Jean, 2007, p. 26に引用される言葉。「マクデブルクの聖メヒティルド」という呼称は成り立ちません。マクデブルクのベギン会修道女(v. 1207 – v. 1282)、『La Lumière fluente de la divinité』の著者は列聖されたことがありません。
56ルイーザ・ピッカレータへのイエス、『天国の書』、Tome 2、1899年5月19日。
57ルイーザ・ピッカレータ、『天国の書』、Tome 3、1900年1月12日(ルイーザへのイエス)。
58ルイーザ・ピッカレータ、『天国の書』、Tome 3、1900年1月12日。
59トマス・ア・ケンピス、『キリストに倣いて』、Livre I, ch. VII, 3。
60ペルセーニュのアダム、『手紙』、手紙15、157-158(Sources chrétiennes 66, Cerf, p. 239)。
61アビラの聖テレジア、『霊魂の城』、第六の住処、ch. 1。
62アッシジの聖フランチェスコ、『勧告』、XX, 2(フランシスコ会版。番号は版によって異なります)。「人間は神の前で価値がある分だけ、現実に価値があり、それ以上ではありません」(確認されたテキスト)。
63オラトリオ会の伝統によって伝えられる格言。正確な出典は見つかりませんでした(Bacci, 『Vita di S. Filippo Neri』にも、Tissotにもありません)。ここではテキスト的な引用ではなく、言い換えとして提示されます。
64ルイーザ・ピッカレータへのイエス、『天国の書』、Tome 3、1900年4月16日。
65ルイーザ・ピッカレータへのイエス、『天国の書』、Tome 2、1899年8月7日。
66聖トマス・アクィナス、『神学大全』、IIa-IIae, q. 162, art. 7 et 8(すべての悪徳の根であり女王としての高慢)。大罪に関するq. 84も参照。
68ルイーザ・ピッカレータへのイエス、『天国の書』、Tome 3、1899年11月19日。
69ルイーザ・ピッカレータ、『天国の書』、éditions Résiac, 2015, Tome 1, p. 21(項目9、「イエスがルイーザを自らの無の自覚へ導く」。ルイーザ自身の考察、日付のない回顧的な物語)。
70霊的文学によってDom John Chapman(『Spiritual Letters』、Sheed and Ward, Londres, 1935, éd. R. Hudleston)に帰される格言。正確な手紙は見つかりませんでした(全文はセッションで閲覧できません)。ここではテキスト的な引用ではなく、言い換えとして提示されます。
71クレルヴォーの聖ベルナルドゥス、『Des degrés de l'humilité et de l'orgueil (De gradibus humilitatis et superbiae)』、1124年頃(PL 182, 941-972;trad. fr. : Sources Chrétiennes n° 526, Cerf, 2010)。ベルナルドゥスはそこで、ベネディクト会則第七章に呼応する謙遜の十二の上行段階と、高慢の十二の下行段階を鏡のように展開し、高慢が徳の実践の中にまで変装することを示します。
72トマス・ア・ケンピス、『キリストに倣いて』、Livre I, ch. II, 1(De humili sui ipsius sensu)。すべてのフランス語版で繰り返される古典的な引用(cf. trad. Lamennais, éd. Cerf, 2009;trad. Combes, éd. DDB)。
73聖ファウスティナ・コヴァルスィカ、『小さな日記』、段落667。
74聖フランシスコ・サレジオ、『霊的談話』、第二十二談話『謙遜について』。
75Charles-Auguste de Sales, 『Histoire du bien-heureux François de Sales』、Lyon, 1634によって報告される逸話。
76聖ジャンヌ・ド・シャンタルに帰される教え、『Réponses sur la Règle, les Constitutions et le Coutumier』、訪問会の姉妹たちへの談話。正確な章とページが見つからなかったため、この箇所は引用符なしで言い換えられます。
77公式典礼訳(AELF)。
78公式典礼訳(AELF)。
79ウルガタの番号付け(ヘブライ語マソラ番号付けではPs 118, 8)。典礼訳(AELF)。
80聖ルイーズ・ド・マリヤックに帰される教え、『Pensées』、éd. Saint Paul, 1983。正確なページが見つからなかったため、この箇所は引用符なしで言い換えられます。
81尊者マルト・ロバンに帰される定式、『Journal』、Bernard Peyrous, 『Vie de Marthe Robin』、éd. de l'Emmanuel, 2006に引用。正確なページが見つからなかったため、この箇所は引用符なしで言い換えられます。
82聖フランシスコ・サレジオの教え、訪問会の姉妹たちへの手紙、『Œuvres』、éd. d'Annecy, t. XX。正確な手紙とページが見つからなかったため、この箇所は引用符なしで言い換えられます。
83聖ファウスティナ・コヴァルスィカ、『小さな日記』、段落56。
84フォリーニョの聖アンジェラ、『幻視と教えの書』、ch. 64(trad. Hello, Tralin, 1914;批判版:Sources Chrétiennes, Cerf)。
85フォリーニョの聖アンジェラ、『書』、教え、頻繁に引用される断片(cf. Hello, ch. 65)。
86クレルヴォーの聖ベルナルドゥス、『雅歌説教』、説教37(PL 183, 970-972)。その論考『Des degrés de l'humilité et de l'orgueil』(1124)も参照。これはシトー会神秘主義の頂点の一つと見なされます。
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