天国のために生きる者の死は、もはや死ではないとは、カトリックの伝統において、キリストの恵みのうちに死ぬ者にとって、肉体の死の意味が根本的に変わることを指します。神を持たない罪人にとって「起こり得る最悪のこと」、すなわちすべてを失うこと、不安、決定的な断絶であるものが、義人にとっては一つの通過となります。それは戦いの終わりであり、自分を見失う危険からの解放であり、神を見ることへと開かれた門です。[1]
この表現は、聖書とすべての霊的伝統の中心的な直観を要約しています。死は罪の結果[2]であり、打ち破るべき「最後の敵」[3]ですが、キリストの死と復活によって変容させられます。[4] 自分の生涯を主に結び合わせた洗礼を受けた者にとって、死ぬことはもはや消滅を受けることではありません。それは、すでに自分のいのちである方との一致を完成させることです。[5]
この教義には正確な聖書的基礎があります。詩編116は「主の目に尊いのは、御自分に忠実な者たちの死である」と断言しています。[6] また、教父たちに由来する有名な定式もあります。聖ベルナルドによる「苦しみの終わり、勝利の完成、いのちの門」[7]という表現です。さらに、この教義は絶えず霊的な系譜を生んできました。アッシジの聖フランチェスコ(「私たちの姉妹である肉体の死」[8])から、リジューの聖テレーズ(「私は死ぬのではなく、いのちに入るのです」[9])にまで至ります。続く本稿では、まずキリスト教的な死に関するカトリックの教義を述べ、次に罪人の死と義人の死との古典的な対比、死にゆく聖人たちの証し、そして最後に、教会が信者たちに絶えず勧めてきた「善き死」の実践を提示します。
キリスト教の啓示における死
死、罪の結果
カトリックの教えは、創世記、パウロ、知恵の書に忠実であり、死を自然なものとして片付けることを拒みます。「ある意味では、身体の死は自然なことです。しかし信仰にとっては、実際には『罪の報酬』なのです」と『カトリック教会のカテキズム』は述べ、[10]使徒の言葉を引用しています。「罪の報酬は死です」(Rm 6, 23)。[11]神は、その本来の計画において、人間が死なないことを意図していました。「したがって、死は創造主である神の計画に反するものであり、罪の結果として世界に入りました」。[12]知恵の書は、すでにこれを劇的な形で表現していました。「神は死を作られたのではない。神は生きている者の不幸を喜ばれない」(Sg 1, 13)。[13]「悪魔の嫉みによって死が世界に入ったのです」(Sg 2, 24)。[14]
トリエント公会議で定義されたこの教理は、[15]対称的な二つの逸脱を禁じます。まず、死を中立的な単なる生物学的法則として見ることを妨げます。死は、キリストが打ち勝たなければならない「最後の敵」(1 Co 15, 26)のままなのです。[16]逆に、死を出口のない悲劇的な運命として捉えることも禁じます。十字架以来、死はもはや最後の言葉を持っていません。聖パウロは叫ぶことができます。「死よ、お前の勝利はどこにあるのか。死よ、お前のとげはどこにあるのか」(1 Co 15, 55)。[17]
「『人間が罪を犯さなければ免れていたであろう』(GS 18)身体の死は、このようにして、人間にとって打ち勝たれなければならない『最後の敵』なのです。」 『カトリック教会のカテキズム』、§ 1008(vatican.vaで確認したフランス語本文)[18]
キリストの十字架によって変えられた死
死そのものによる死の敗北こそが、過越の神秘(キリストの死と復活であり、復活祭に祝われます)の対象です。「神の子イエスも、人間の条件に固有の死を苦しまれました。しかし、死に対する恐れにもかかわらず、イエスは御父の意志への全面的で自由な従順の行為のうちに死を引き受けられました。イエスの従順は、死の呪いを祝福に変えました」(CEC § 1009)。[19]受肉した御言葉は死を避けませんでした。イエスは死をくぐり抜け、洗礼と恵みによってご自分と結ばれる人々のために死を変えられました。
預言者ホセアは、すでにこの逆転を告げていました。「死よ、私はお前の死となる」(Os 13, 14)。[20]この節は聖パウロによって取り上げられています。「死よ、お前の勝利はどこにあるのか。死よ、お前のとげはどこにあるのか」(1 Co 15, 55)。[21]聖パウロはこう注釈しています。「私にとって、生きることはキリストであり、死ぬことは利益なのです」(Ph 1, 21)。[22]「私は去って、キリストと共にいることを望んでいます」(Ph 1, 23)。[23]死はもはや喪失ではなく、出会いです。
だからこそ、カテキズムは、洗礼がもたらす根本的な新しさを断言することができます。「洗礼によって、キリスト者はすでに秘跡的に『キリストと共に死んで』おり、新しいいのちを生きるのです。そして、わたしたちがキリストの恵みのうちに死ぬなら、肉体の死はこの『キリストと共に死ぬこと』を完成させ、こうしてキリストの贖いの業におけるわたしたちのキリストへの組み入れを成就します」(CEC § 1010)。[24]キリスト者の死は、もはや切り離された出来事ではありません。それは、洗礼の泉のときから始まっていた洗礼の死の、秘跡的な最後の段階です。簡単に言えば、洗礼によって、キリスト者はすでにキリストと共に罪に対して死に始めています。キリスト者自身の死がこの一致を完成させ、キリストが成し遂げた救いに完全にあずからせるのです。
死のキリスト教的意味:最後の過越
したがって、教会は死を「キリスト者の最後の過越」と語ります。[25]この言葉は的確です。過越とは通過を意味します。「死のキリスト教的意味は、わたしたちの唯一の希望が置かれているキリストの死と復活の過越の神秘の光のうちに啓示されています」(CEC § 1681)。[26]
この表現は恐怖を打ち砕きます。殉教へと向かう途上にあったアンティオケアの聖イグナチオは、ローマのキリスト者たちに次の言葉を書き送りました。この言葉は、現代のカテキズムに至るまで取り上げられることになります。
「私にとって、地上の果てまで支配するよりも、キリスト・イエスにおいて(eis)死ぬことのほうがよいのです。私が探し求めているのは、わたしたちのために死なれた方であり、私が欲しているのは、わたしたちのために復活された方なのです。」 アンティオケアの聖イグナチオ、『ローマの信徒への手紙』、6, 1-2(107年から110年頃)[27]
キリスト者の死は今や、死が奪い去るものによってではなく、死が導く相手によって定義されます。カテキズムは、アビラの聖テレサの名のもとに、この望みを要約する簡潔な言葉を置いています。「私は神を見たい。神を見るためには死ななければなりません」(CEC § 1011。Libro de la Vida, 1を参照)。[28]リジューの聖テレーズは、永遠の入り口に立って、1897年6月9日にモーリス・ベリエール神父へ宛てた手紙の中でこう書いています。「私は死ぬのではなく、いのちに入るのです」。[29]
「主の忠実な者たちの死は貴い」:聖書的基礎
詩編116編[115編]と「聖なる者たちの死」
「貴い死」という表現は、聖書においては詩編116編(ギリシャ語とラテン語の番号では詩編115編)の一節の後半に根ざしている。死から逃れた詩編作者は、そこから驚くべき洞察を引き出している。神の目には、主の忠実な者たちの死には重みがある、というのである。
「主の忠実な者たちの死は、主の目に貴い。」 詩編116編15節(ヘブライ語本文。ギリシャ語およびウルガタの番号では詩編115編6節:Pretiosa in conspectu Domini mors sanctorum eius)[30]
ヘブライ語の yāqār(「貴い、高価な」)と、七十人訳のギリシャ語 tímios[31] は、希少であると同時に高価であるものという考えを表している。神はご自分の僕たちの最期に無関心ではない。神はそれを、砕けることのない真珠のように、ご自分が守る預かり物のように扱われる。この半節こそが、キリスト教の全典礼において、聖人たちをその死の日に祝うこと、すなわち彼らの dies natalis、天における「誕生日」を祝うことの基礎となった。
『知恵の書』は、同じ洞察を哲学的な輝きをもって展開している。「義人たちの魂は神の手の中にあり、死の苦しみが彼らに触れることはない。不信心な者たちの目には、彼らは死んだように見え、〔…〕彼らの旅立ちは災いに見えた〔…〕しかし、彼らは平和のうちにある」(知恵3・1-3)。[32] この対比は意図的なものである。異教徒が喪失とみなすものは、神の光の中では、安全な場所へ置かれることなのである。
聖パウロ:「生きることはキリスト、死ぬことは益」
新約聖書は、復活したキリストという終着点を与えることによって、問題としての死を打ち破る。牢獄にいた聖パウロは、フィリピの人々へ宛てて、模範的に明快な推論を記している。
「私にとって、生きることはキリストであり、死ぬことは益なのです。しかし、肉において生きることが実り多い働きをもたらすなら、私はどちらを選ぶべきか分かりません。私はその二つの間に挟まれています。私の願いは、世を去ってキリストと共にいることです。その方がはるかに望ましいからです。しかし、あなたがたのために肉にとどまる方が、より必要なのです。」 聖パウロ、フィリピの信徒への手紙1章21-24節[33]
この修辞は印象的である。パウロは二つの選択肢、生きることと死ぬことを同じ天秤に載せ、どちらも善いものであるとする。死ぬことは*「益」であり、キリストのもとへ行くことである。生きることは「実り多い働き」であり、キリストを告げ知らせることである。死はもはや単なる喪失ではなくなり、命ももはや絶対的なものではなくなる。まさにこの二重の転換が、同じパウロによる次の言葉を可能にする。「私はどちらを選ぶべきか分かりません。」* 異教徒がこのように迷ったことは、かつて一度もなかった。
同じパウロは、ローマの信徒への手紙で決定的な言葉を付け加えている。「私たちの中で、自分のために生きる者はなく、自分のために死ぬ者もいません。私たちは、生きるとすれば主のために生き、死ぬとすれば主のために死ぬのです。ですから、生きるにしても死ぬにしても、私たちは主のものなのです。キリストが死んで生き返られたのは、死者と生者の主となるためです」(ローマ14・7-9)。[34] キリスト者は自分の命の主ではなく、自分の死の主でもない。その両方がキリストに属し、まさにそのゆえに、どちらも彼をキリストから引き離すことはできないのである。
黙示録:「主のうちにあって死ぬ死者は幸いである」
同じ約束は、終末の書であると同時に教会の典礼生活の書でもある黙示録を貫いている。14章では、天からの声が、伝承がキリスト者の死と呼ぶことになるものを封印している。
「今から後、主のうちにあって死ぬ死者は幸いである。『然り』と霊は言う。『彼らは労苦から解かれて休むことができる。その行いが彼らに伴うからである』。」 黙示録14章13節[35]
三つの要素が決定的である。*「今から後」とは、不定の未来の約束ではなく、復活祭以来すでに現実となっていることである。「彼らは労苦から解かれて休むことができる」とは、義人の死は労苦の終わりであり、破壊ではないということである。「その行いが彼らに伴う」*とは、神のために愛されたものは失われず、愛は死を越えていくということである。
この書の最後のイメージが、その約束を完成させている。「神は彼らの目から涙をことごとく拭い去ってくださる。もはや死はなく、嘆きも、叫びも、労苦もない。最初のものは過ぎ去ったからである」(黙示録21・4)。[36] 死は、今日死ぬ義人において打ち破られるだけではない。死は、体の復活のときに、最終的に廃絶されることが約束されているのである。
なぜ義人の死は、もはや死ではないのか
カトリックの霊的伝統は、義人において死の様相が変わる古典的な三つの理由を、一つの定式にまとめました。このまとめは、クレルヴォーの聖ベルナルドゥスが、友人であった聖マラキの死去に際して説いた第一の説教(1148年11月2日)に由来します。
「聖人たちの死は、確かに尊いものです。それは彼らの苦しみの終わりであり、勝利の完成であり、いのちへの門であり、完全な安らぎへの入口だからです。」 出典:クレルヴォーの聖ベルナルドゥス、『聖マラキの死去に関する説教 I』、§ 4[37]
18世紀に聖アルフォンソ・デ・リグオーリは、『死への準備』(第八の考察)の中でこの主題を取り上げ、その教えを次の三点に構成しました。義人の死は、戦いの終わりであり、神を失う危険からの解放であり、終わることのないいのちへの門である、という三点です。[38]
疲労と戦いの終わり
地上の生涯は、キリスト教信仰にとって*「巡礼」(CEC § 1013)であり、[39]戦いでもあります。「女から生まれた人間、その生涯は短く、苦悩に満ちている」とヨブは言います(ヨブ 14, 1)。[40]聖アルフォンソがセネカに基づいて自由に要約したストア派の思想は、人々がこれほど執着するこの生を、拷問の延長のように見ています。[41]聖アウグスティヌスもこう繰り返します。「長く生きるとは、長く苦しむこと以外の何でしょうか。」[42]そして聖アンブロシウスは、現世の試練を見つめて、こう結論づけます。「死は、もはや罰とは思われず、むしろ解放と思われます」*。[43]
トリノの聖マクシムス(380年頃から465年頃)は、この直観をさらに展開します。現世の命が*「安息の甘さを味わうためではなく、永遠に向けて働くため」*に与えられているのだとすれば、[44]それを限りなく引き延ばすことは恵みではなく、重荷となるでしょう。3世紀初頭のテルトゥリアヌスは、そこから印象的な厳密さをもつ結論を引き出していました。
「神が誰かの命を短くされるとき、それだけその人の拷問も短くされるのです。」 出典:テルトゥリアヌス、『De patientia』、第9章(200年頃から203年頃)[45]
したがって、義人にとって死はまず安息をもたらします。労苦の後に平和が続きます。「幸いである、今から後、主に結ばれて死ぬ人は。……彼らは、その労苦から解かれて、安息できる」(黙 14, 13)。[46]黙示録は、与えられた命を軽んじるよう勧めているのではありません。この命は決定的なものではなく、疲労が最後の言葉ではなく、すべての日の後に安息日がある、と言っているにすぎません。
罪を犯す危険からの解放
第二の理由はそれほど明らかではありませんが、教父たちと聖人たちの間では一貫しています。生きている限り、人は倒れることがあります。「正しい人も七度倒れる」(箴 24, 16)。[47]聖アンブロシウスは、明確にこう問いかけます。「年を重ねるにつれて罪の重荷が増すばかりであるのに、なぜこれほど生きることを望むのでしょうか。」[48]そして、こう付け加えます。「死とは、悪徳の墓以外の何でしょうか。」[49]
こうして義人の死は、安全な場所に置かれることとなります。「彼はさらわれた。悪が彼の心を惑わすことのないように」(知 4, 11)。[50]魂が肉体の中にある限り、情念と誘惑の脅威の下にありますが、恵みの状態でこの世を去る瞬間に、その危険は消え去ります。
「わたしたちは、この体にいる限り、主から離れて旅をしているのです。」 出典:聖パウロ、コリントの信徒への手紙二 5, 6[51]
厳しい修徳で知られたアビラの聖テレサは、そこから、姉妹たちを驚かせる喜びを引き出し、それを『Libro de la Vida』に記しました。
「時計の音を聞くと、私は慰められます。この生涯の一時間が過ぎ去るのを見る時、神にお目にかかる時が近づいているように思えるのです。」 出典:イエスの聖テレサ、『Libro de la Vida』、第40章、n. 20[52]
過ぎ去った一時間ごとに、戦いは一つ減り、したがって危険も一つ減りました。過ぎ去った一時間ごとに、終わりが近づいたのです。
トリノの聖マクシムスは、この論理を、古典となった海の比喩で示しました。恵みの状態での死は到達した港であり、港にある船だけが本当に危険から離れているのです。
「幸いな航海者を祝福しなさい。ただし、港に到着したときに限ります。」 出典:トリノの聖マクシムス、『Sermo』81、n. 2(5世紀)[53]
『聖ヨハネ・アウモニエルの生涯』によって伝えられた有名な聖人伝の物語は、そこから逆説的な教訓を引き出しました。アレクサンドリアの総大司教から、ひとり息子に長寿を得させると約束された裕福な男がいましたが、その子は間もなく亡くなりました。男が嘆いていると、天使が現れ、神の言葉としてこう言いました。「あなたは息子のために長い命を求めました。しかし知りなさい、彼はすでに天におり、永遠に生きているのです。」[54]不幸と思われたこと、すなわちこの命の短さが、永遠の命の保証となっていたのです。
この論理は厳しく見えますが、実際には人を解放するものです。それは、キリスト者の生涯が完全を求める無限の競争ではないことを示しています。ゴールがあり、その後では恵みが決定的に得られ、戦いは終わるのです。
神を見ることへの入口
第三の側面は最も高いものです。義人の死はいのちへの門です。「これこそ主の門、正しい人はここから入る」(詩 118, 20)。[55]アスティの聖ブルーノは、この直観を簡潔な定式にまとめました。
「それを死と呼んではなりません。いのちの始まり、いのちそのものと呼ぶべきです。」 出典:アスティの聖ブルーノ、『Expositio in Job』、第11章[56]
聖アルフォンソは『死への準備』の中で、よく似た定式を伝えています。彼はそれを聖アタナシウスに帰していますが、その出典である『処女性について』という論考は、現代の教父学では真正性が疑問視されています。[57]
「義人にとって、それは死ではなく、移行であり、永遠のいのちへの移り行きです。」 出典:聖アルフォンソ・デ・リグオーリによって伝えられた定式、『死への準備』、第八の考察[58]
カテキズムは、パウロの約束に明示的に基づいて、この直観を取り上げています。
「自分の死をイエスの死に結び合わせるキリスト者は、死を、イエスのもとへ行くこと、永遠のいのちに入ることとして見ます。」 出典:『カトリック教会のカテキズム』、§ 1020[59]
その根底にある教えは、至福直観の教えです。カテキズムは § 1023 でこう教えています。「神の恵みと友情のうちに死に、完全に清められた人々は、永遠にキリストとともに生きます。彼らは永遠に神に似た者となります。神を「ありのままの姿」で、顔と顔を合わせて見るからです。」[60]簡単な言葉で言えば、神をありのままの姿で、顔と顔を合わせて、永遠に見ることです。聖トマス・アクィナスは、『対異教徒大全』第IV巻の中で、魂が神の光に直接参与することについて長く分析しました。[61]この教えがなければ、義人の死は安堵にすぎないでしょう。この教えとともに、死は出会いとなるのです。
死、肉体の牢獄からの解放
コリントの信徒への手紙二の中で、聖パウロは肉体を*「地上の住みか」と呼んでいます(2 コリ 5, 1)。[62]フィリピの信徒への手紙では、死を「解体されること」と語っています(フィリ 1, 23。ラテン語本文:cupio dissolvi et esse cum Christo)。[63]霊的伝統は、より徹底したこのイメージを取り上げました。魂が死すべき肉体と結ばれている限り、魂は囚われており、死は鍵を開けることである、というイメージです。詩編の作者はすでにこう嘆願していました。「わたしの魂を牢獄から引き出し、あなたの名に感謝をささげさせてください」(詩 142, 8)。[64]そして老人シメオンは、神殿で幼子イエスを腕に抱いたとき、ただ一つのことだけを求めました。「主よ、今こそあなたは、お言葉どおり、この僕を安らかに去らせてくださいます」(ルカ 2, 29)。[65]これは、教会が毎日、終課で歌う有名な Nunc dimittis です。聖アンブロシウスはこの箇所を注解して、こう述べました。「彼は、まるで力ずくで引き止められているかのように、去らせてほしいと願っているのです。」*[66]
聖ヨハネ・クリュソストモスは、この囚われの状態を王の比喩で示しました。王が臣下の一人のために宮殿に部屋を用意し、それまでの間、その人を家畜小屋に住まわせていたとしたら、「その人は、その狭い場所を離れて宮殿の敷居を越える日を、どれほど熱心に待ち焦がれることでしょうか。」[67]宮殿は天であり、家畜小屋はこの生涯であり、死はその敷居なのです。
聖ヒエロニムスは、ある書簡の中で、解放者である姉妹のように、死に直接語りかけています。
「私に開いてください、私の姉妹よ。」 出典:聖ヒエロニムス、ヘリオドルス宛て『書簡 60』(396年頃)[68]
そして聖アウグスティヌスは、神への望みの頂点で、その後の霊性が決して忘れることのない逆説を口にしました。
「おお死よ、愛すべき死よ、すべての悪の終わりであり、労苦の終わりであり、永遠の安息の始まりであるあなたを、どうして望まずにいられるでしょうか。」 出典:ヒッポの聖アウグスティヌス、『説教 84』、第1章[69]
現代の読者には、この一連のイメージが陰鬱に見えるかもしれません。牢獄、追放、家畜小屋、海上の船。しかし、それらは与えられた命を否定するものではありません。この世は、神の国と比べれば、まだ通過点であると言っているにすぎません。カトリックの死に関する霊性全体が、この比較にかかっているのです。
聖人たちの命日、その「誕生日」
このため、教会は最初の世紀から、聖人たちを生物学的な誕生日ではなく、死去した日に祝ってきました。アッシジの聖フランシスコの祝日は10月4日です。彼は1226年10月3日の夕方に亡くなりました。リジューの聖テレーズの祝日は10月1日です。彼女は1897年9月30日に亡くなりました。聖アルフォンソの祝日は8月1日で、1787年の彼の命日です。[70]この慣習は古く、テルトゥリアヌスはすでに3世紀初頭に、キリスト者は*「死者のために、その誕生日に供え物をささげる」*と伝えています。[71]すなわち、その死の日、神のいのちへの真の誕生の日に、という意味です。
この典礼上の論理は、言葉を一切使わずに、教え全体を表しています。義人の死は、その人の誕生なのです。その死の日は失敗ではなく、その人が完全に存在し始める出来事なのです。
罪人の死:苦悩の上に苦悩
義人の死に対して、伝統は聖書以来、罪人の死を対置してきた。この対照は修辞的な効果ではない。生物学的には同一でありながら、実存的には正反対である二つの死の霊的現実を描写している。
エゼキエルの叫び:「彼らは平和を求める」
聖アルフォンソは『死への備え』の第六の考察において、預言者エゼキエルの言葉を題辞として取り上げている。「極度の苦悩の中で、彼らは平和を求める。しかし平和はなく、あるのは苦悩の上に苦悩だけである」(エゼキエル 7, 25)。[72]
「罪人は生きている間、死の記憶と死についての思いを遠ざけ、そのようにして、決して成功することなく、乱れた生活のただ中で少しの平和を味わおうと求めます。しかし、死の苦悩の中に置かれ、永遠に入ろうとするとき、もはや罪ある良心の責め苦から逃れることはできません。」 聖アルフォンソ・デ・リグオーリ『死への備え』第六の考察、第一の要点[73]
この診断は、道徳的である以上に現象学的なものである。罪人は一生の間、妨げられることなく楽しむために良心を麻痺させてきた。死の時になると、その麻酔が切れる。湧き上がるものはもはや自発的なものではなく、被らざるを得ないものである。これこそ、司牧の伝統が苦悶の中での良心の目覚めと呼んできたものである。
不注意な瀕死の人の苦悩
聖アルフォンソは第七の考察において、そのとき魂を傷つける茨を列挙している。「茨、それは得た娯楽、収めた成功、送ってきた生活ぶりの思い。茨、訪ねてくる友人たちと、その存在が呼び起こす思い出。茨、介助に来る司祭たち。茨、受けなければならない秘跡たち[…]。茨、そばに置かれる十字架そのもの。なぜならそこに、救うために死なれた神の愛に対して自分がいかに不忠実であったかを見るからである」。[74] 苦痛は外から来るのではない。突然あらゆるものが、罪人が愛することを拒んできたものを思い起こさせることから来るのである。
聖ヴィンセント・フェレルは、司牧上、心を乱すような一つの事実を付け加えている。「悪く生きてきた後に善く終わることは、死者を復活させるよりも大きな奇跡であろう」。[75] また、アルルの聖カエサリウス(説教225)は言う。「病人の悔い改めは、病んだ悔い改めである」。[76] ここで問題なのは、苦しむ罪人について絶望することではない。神の憐れみは最後の瞬間まで無限であり続ける。むしろ、生きている人に警告することである。臨終の回心は可能であるとしても、決して保証されてはおらず、それに頼るのは無謀である。
「一時的な死から永遠の死へと移らなければならない罪人が、死を恐れるのは理解できる。」 カルタゴの聖キプリアヌス『De mortalitate』第14番[77]
なぜ待つことが愚かなのか
司牧上の結論は明快である。義人の死が尊く、罪人の死が恐ろしいものであるなら、合理的な問いはただ一つである。*あなたはどこで死にたいのか。*そして、この問いへの答えは即興では生まれない。カテキズムが述べるように、現世の生活は、神が人間に与える恵みと憐れみの時であり、神の計画に従って地上の生涯を実現し、自らの究極の運命を決定するための時である(CEC § 1013)。[78] 「人間は一度だけ死ぬように定められている」(ヘブライ 9, 27)。[79] 輪廻転生による二度目の機会はない。
15世紀の匿名の著作で、聖書の次に最も読まれた『キリストに倣いて』は、そこから次の規則を引き出している。
「すべての行いにおいて、すべての思いにおいて、今日死ななければならないとしたらそうあるであろう姿でいるべきです。善い良心を持っていれば、死をほとんど恐れないでしょう。死から逃げるよりも、罪を避けるほうがよいでしょう。今日備えができていないなら、明日どうして備えができるでしょうか。」 **『キリストに倣いて』**第一巻、第23章、第1番[80]
死の時における聖人たちの証し
義人の死に関する教義的な教えは、単なる理論ではありません。それは聖人たちの長い一連の証しによって裏付けられており、聖人伝の著者たちは彼らの最後の言葉を注意深く記録しました。喜びのうちに死を迎える人々のこの姿は、キリスト教信仰の霊的な証拠の中でも、最も身近に触れることのできるものの一つです。
砂漠の教父たちと初代の殉教者たち
最初の数世紀から、この事実は人々を驚かせてきました。スケティスのある老修道士は、泣く兄弟たちに尋ねました。「戦いから安息へと移る私を見て、なぜ泣くのですか。」[81]殉教者聖ピオニウスは、250年にスミルナで刑場へ連れて行かれたとき、その喜びに驚く番兵たちに答えました。「あなたたちは間違っています。私が行くのは死へではなく、いのちへなのです。」[82] そしてオータンの聖サンフォリアンの母は、まさに斬首されようとする息子に向かって叫びました。「私の子よ、あなたのいのちが奪われるのではありません。よりよいいのちへと変えられるのです。」[83] この言葉は信心深い決まり文句ではありません。殉教者が生きているそのものを語っているのです。
アッシジの聖フランシスコ:「姉妹である私たちの肉体の死」
13世紀、アッシジの聖フランシスコ(1181-1226)は、『被造物の賛歌』の終わりに、晩年の日々のために死に関する一節を加えました。その死との親しさには驚かされます。
「私の主よ、姉妹である私たちの肉体の死ゆえに、あなたはたたえられますように。生きているどの人も、彼女から逃れることはできません。死に至る罪のうちに死ぬ人々は不幸です。あなたの最も聖なるみ旨のうちに彼女に見いだされる人々は幸いです。第二の死は、彼らに害を及ぼすことがないからです。」 アッシジの聖フランシスコ、『被造物の賛歌』、最終連(1226)[84]
この神学的な発想は計り知れないものです。死を姉妹とすることです。兄弟である太陽、姉妹である月、兄弟である風、姉妹である水、兄弟である火、そして姉妹である死。死は敵であることをやめます。死は被造物の一つとなり、したがって神のしもべの一つとなり、したがって賛美へ至る道となるのです。死の時、聖人はこの一節を大きな声で歌うよう求めました[85]。
シエナの聖カタリナと「苦しみの地」
シエナの聖カタリナ(1347-1380)は、死を迎えようとするとき、涙にくれる霊的な子らに向かって語りました。
「私の愛する子らよ、あなたたちは私の死を悲しんではいけません。むしろ私とともに喜び、私を祝福してください。私はこの苦しみの場所を離れ、平安の海、永遠の神のうちに憩いに行くのですから。」 シエナの聖カタリナ、カプアのライモンドによって伝えられた言葉、『シエナの聖カタリナの生涯』、第3部、第4章、4番[86]
「平安の海、永遠の神」という言葉は、彼女の神秘主義に特有のものです。神は単なる港ではありません。神は海そのものです。
アビラの聖テレサ:「死ぬことができないので、私は死ぬ」
この直観は、アビラの聖テレサ(1515-1582)、カルメル会の改革者であり教会博士において、完璧な詩的表現を見いだしました。彼女は詩『Vivo sin vivir en mí』(「私は私のうちに生きずに生きる」)の中で、こう書いています。
「私は私のうちに生きずに生き、 / そのように望んでいるので / 死ぬことができないゆえに、私は死にます。」 イエスの聖テレサ、『Vivo sin vivir en mí』、リフレイン(1582年以前)[87]
この逆説的な表現は、病的な嗜好ではありません。愛する方から離れて生きることに、もはや耐えられなくなった魂の告白です。『カテキズム』が1011番で、死へのキリスト者の望みを表す典型的な表現としてこの言葉を引用しているのは、テレサの名においてです。「私は神を見たい。そのためには死ななければなりません」(『カテキズム』の参照先:Vida、1)[88][89]。
十字架の聖ヨハネ:死は「愛の出会い」
テレサの協力者である十字架の聖ヨハネ(1542-1591)は、まさに神秘主義に固有のニュアンスを加えました。彼にとって、愛してきた魂たちの死は、出会いであり、引き裂かれることではないがゆえに、「甘く、心地よい」のです。
「このように、そのような魂たちの死はいつも非常に快く甘いものです。彼らの全生涯よりも甘いのです。彼らは、白鳥が死のうとするとき、そして死につつあるときに、より甘く歌うように、愛の激しい動きと甘い出会いのうちに死ぬからです。だからダビデは、義人たちの死は尊いと言いました。そのとき魂の愛の川は、海へ注ぎに行くのです。」 十字架の聖ヨハネ、『愛の生ける炎』、第1連、30番(1585-1586)[90]
このイメージは、神秘文学の中で最も美しいものの一つです。死につつある愛する魂は、自らの海へと合流する川です。全行程はこの瞬間へ向けて張り詰められており、死は流れの消滅ではありません。死は河口なのです。
リジューの聖テレーズ:「私は死ぬのではありません。いのちに入るのです」
19世紀、幼きイエスの聖テレーズ(1873-1897)は、澄みきった子どもらしい文体で、同じ伝統を受け継ぎました。1897年5月1日、24歳で結核により死を迎える数か月前、彼女は姉ポーリーヌに打ち明けました。
「私を迎えに来るのは「死」ではなく、よい神です。死とは、絵に描かれるような亡霊や恐ろしい幽霊ではありません。カテキズムに、死とは魂と体の分離であると書かれています。それだけのことです。」 幼きイエスの聖テレーズ、『最後の談話』、黄色の手帳、1897年5月1日、1番[91]
同じテレーズは、間近に迫った天国への入場について、こう打ち明けていました。「私は生きること以上に死ぬことを望んではいません」[92]。そして、死を受け入れているのかと尋ねたユフ参事会司祭に、彼女は答えました。「死ぬことについて、私が感じるのは喜びです。」[93] そして、すべてを要約する言葉は、死の数か月前に書かれ、1897年6月9日のモーリス・ベリエール神父への手紙(LT 244)に記され、『カテキズム』1011番に取り上げられました。「私は死ぬのではありません。いのちに入るのです。」[94]
それより前、若い頃にいとこのマリー・ゲランへ宛てた手紙(1890年7月29日)の中で、彼女は亡くなった近しい人について、義人の死に関する霊的教義のすべてを凝縮した言葉を書いていました。
「義人の死を見るとき、その運命を羨ましく思わずにはいられません。彼にとって、追放の時はもはや存在しません。あるのは神だけ、神だけなのです。」 幼きイエスの聖テレーズ、マリー・ゲランへの『手紙60』(1890年7月29日)[95]
その他の証人たち:スアレス、フィッシャー、ベラルミーノ、孤独なハンセン病の隠修者
この一連の姿は尽きることがありません。聖アルフォンソは、『死の準備』の第9の考察の中で、こうした平安な死のいくつかを伝えています。イエズス会の神学者フランシスコ・スアレス(1548-1617)は、最後の瞬間に、この物語によれば、こう言うことができました。「死ぬことがこれほど甘いとは思っていませんでした。」[96] バロニウス枢機卿(1538-1607)は、死についてあまり考えすぎないようにと勧めた医師に、やはり聖アルフォンソによれば、こう答えました。「なぜですか。私が死を恐れているとでも思うのですか。私は死を恐れていません。私は死を愛しています。」[97] ロチェスター司教聖ジョン・フィッシャーは、1535年にヘンリー8世のもとで断頭台へ連れて行かれたとき、同じ物語によれば、まるで婚宴へ行くかのようであったため最も美しい衣服を身に着け、到着すると叫びました。「進め、私の足よ。私たちは天国から遠くありません。」[98]
聖アルフォンソは、グラナダ神父による、あるハンセン病の孤独な隠修者の事例も伝えています。狩人が、体が崩れ落ちていくにもかかわらず歌っている彼を見つけました。その驚きに対して、孤独な隠修者は聖アルフォンソの物語の中で答えました。
「私の兄弟よ、神と私の間にあるのは、私の体の壁だけです。今、それが少しずつ崩れ落ちていくのを見ています。私の牢獄が崩れ、私は私の神に会いに行くのです。」 ハンセン病の孤独な隠修者、聖アルフォンソ・デ・リグオリによって伝えられた物語、『死の準備』、第9の考察[99]
聖アウグスティヌスは、強いられる死と望まれる死とのこの違いを深く見つめ、簡潔な言葉で要約していました。
「彼は生きることを受け入れますが、死ぬことを喜びます。」 ヒッポの聖アウグスティヌス、死に対する義人の心構えについて、『説教』297、2番[100]
神学者でありバレンシア大司教である聖トマス・デ・ビリャヌエバ(1488-1555)は、アウグスチノ会士であり、スペインのカトリック改革の偉大な説教者でした。彼は、聖アルフォンソが引用するように、伝統全体を要約する死のイメージを示しました。罪のうちに眠る者にとって、死は盗人のようにその人の上に落ちかかります。恵みのうちに目覚めている者にとって、死は反対に、神の使者としてその人を迎えに来ます。
「死が眠っている人を見いだすなら、死は盗人のようにその人に襲いかかります。死はその人を奪い、殺し、地獄の深みへ投げ込みます。しかし死が目覚めている人を見いだすなら、死は神の使者として来て、その人に挨拶し、こう言います。「主はあなたを婚宴に招いておられます。来てください。あなたが慕い求めている、あの祝福された王国へあなたをお連れしましょう。」」 聖トマス・デ・ビリャヌエバ、聖アルフォンソ・デ・リグオリによる引用、『死の準備』、第9の考察、第3点[101]
ほぼ無限に広げることのできるこの一連の証しは、信心を深めるための民間伝承ではありません。それはカトリックの伝統が霊的な事実と呼ぶものです。世の目には不可能であったこと、喜びのうちに死ぬことが、キリストにおいて、聖人たちの間で当たり前のこととなったのです。
死の黙想:古典的な霊的修練
義人の死が宝のようなものであり、罪人の死が災いであるならば、現世における課題は、恵みの中で死ぬことである。カトリックの伝統は、砂漠の教父の時代からsaint Alphonseに至るまで、それに備えるための霊的修練を考案し、伝えてきた。それが死の黙想、ラテン語でmeditatio mortisである。
Memento mori:「死を思い起こせ」
「あなたは死ぬことを覚えていなさい」を意味するmemento moriという表現は、古い実践を要約している。saint Alphonseは、Milanの大司教であったsaint Charles Borromée(1538-1584)が、絶えず眺めるために小さな机の上に髑髏を置いていたと伝えている。[102] また第八の考察では、その聖人が、宮殿で死が大鎌を握っている絵を見て、画家を呼ばせ、大鎌を金の鍵に取り換えるよう頼んだとも伝えている。彼にとって死とは、天国の扉を開く鍵であった。[103] 同時代人であった枢機卿Baroniusは、同じ物語によれば、死を思い起こすよう勧める言葉が刻まれた指輪を身に着けていた。[104] また、Salucesの司教であった尊者Père Ancinaは、やはりsaint Alphonseによれば、「あなたが今ある姿は、かつてのわたしの姿である。わたしが今ある姿は、やがてあなたの姿となる」と記された髑髏を持っていた。[105]
これらの品々は、病的な趣味ではない。それは、限りなく続く人生という幻想の中に安住しないための備忘の助けである。Veniseの初代総大司教であったSaint Laurent Justinien(1381-1456)は、それをこう表現した。「人生の終わりに目を向けよ。そうすれば、この世で愛すべきものはもはや何も見いだせなくなる。」[106]
『Imitation de Jésus-Christ』、第I巻、第23章
ラテン語の霊的伝統の中心にある『Imitation de Jésus-Christ』は、XVᵉ世紀初頭に書かれ(Thomas a Kempisに帰されている)、第I巻の第23章を死の黙想に充てている。これはキリスト教文学全体の中で最も広く普及したテクストの一つであり、何世代にもわたる聖人たちと信者たちによって繰り返し読まれてきた。
「朝には、夕方まで生きられないと考えなさい。夕方には、朝を迎えられると自分に約束してはなりません。ですから、常に備えていなさい。そして、死が決して不意に襲うことのないように生きなさい。[…]今、世に対して死ぬことを学びなさい。そうすれば、そのときからJésus-Christと共に生き始めることができるでしょう。」 Imitation de Jésus-Christ、第I巻、第23章、n. 3, 6(1418-1427年ごろ)[107]
その口調は、危機を煽るものではない。知恵に満ちたものである。死が今日にも訪れうると考えて生きることは、不安の中で生きることではない。それは、福音の目覚めの中で生きることであり、Matthieu 25章と十人のおとめ、Luc 12章と目を覚ましている僕における目覚めである。[108]
saint Alphonse de Liguoriと『Préparation à la mort』
この主題に関するカトリックの偉大な古典は、教会博士でありRédemptoristesの創立者であるsaint Alphonse-Marie de Liguori(1696-1787)の著作である。彼の『Préparation à la mort, ou Considérations sur les vérités éternelles』[109]は36の考察からなり、一か月と一週間にわたる毎日の黙想を助けるために、それぞれが3つの要点に分かれている。あらゆるカトリックの言語に翻訳されたこの本は、XIXᵉ世紀全体を通じて宣教の説教と民衆の信心を養った。
Alphonseの方法は正確である。彼は、人生の短さ、死の確実さ、罪人の死、義人の死、死における義人の平安、時の値打ち、世の空しさといった、究極の終わりに関する真理を一つずつ取り上げ、それを3つの連続する観点から提示する。すなわち、聖書と教父に典拠を持つ教理的な要点、感情に働きかけ決断を促す要点、そして祈りに関する実践的な要点である。目的は恐怖ではなく、回心である。「人は、死が常に他の人々に、あるいはただ遠い将来にだけ訪れるかのように生きているために、しばしば罪を犯すことを、彼は知っている。」
最後の時の修練
この黙想の特に効果的な一形態は、最後の時を具体的に想像することである。この方法は古く、すでにRobert Bellarmin(『De arte bene moriendi』、Rome、1620年)にも見られ、[110] saint François de Sales(『Introduction à la vie dévote』、第I部、第XIII章、「黙想V.死について」)にも取り上げられ、イグナチオ的な霊感を受けた数多くの黙想会にも取り入れられてきた。『Exercices』の第一週のVIᵉの追加は、すでに「死と裁き」を思い起こすよう勧めている。[111]
具体的には、この修練は、その日の夕方にも死ぬであろうと想像し、何を後悔するだろうか、何を違う形で行いたかっただろうか、神に何を差し上げていたかっただろうかと考えるよう勧める。この修練の終わりは、泣くことではなく、現在の決断を立てることである。すなわち、死の時に行っていたいと願うことを、今すぐ行うことである。その教育的な論理に反論の余地はない。この修練は、さもなければ苦しみの時に、もはや手遅れになってからしか得られない明晰さを、現在の時の中でもたらすからである。
「自分の死の時が常に目の前にある人は幸いである。その人は毎日、死ぬ備えをしている。」 Imitation de Jésus-Christ、第I巻、第23章、n. 2[112]
カトリックの実践における「善き死」
メメント・モリの霊性には、教会の実践において、恵みのうちに死ぬための客観的な手段が対応しています。これらの手段は任意のものではなく、伝統が善き死と呼ぶものを構成しています。
最後の秘跡
教会は、旅立ちの時を迎えた信者に、カテキズムが*「故郷へと備える秘跡」と呼ぶもの、すなわち告解、病者の塗油、そして旅路の糧(旅のための聖体)を提供します。[113] カテキズムは次のように解説しています。「このように、洗礼、堅信、聖体の秘跡が『キリスト教入門の秘跡』と呼ばれる一つのまとまりを構成するのと同様に、ゆるし、聖なる塗油、そして旅路の糧としての聖体は、キリスト者の生涯が終わりに近づくとき、『故郷へと備える秘跡』、あるいは巡礼を完成させる秘跡を構成すると言えます。」*[114]
トリエント公会議はすでに、終油の秘跡が*「償うべき罪が残っていればそれを消し去り、罪の残りを取り除き、病人の魂を和らげ、力づける」と厳粛に定義していました。[115] 第二バチカン公会議後に改定された現在の儀式は、この移行の過越的*な性格を強調しています。もはや臨終が差し迫るまで授与を待つことはなく、深刻な病気が生命を脅かすようになった時点で提供されます。
教会は、魂を委ねる祈りの儀式において、カテキズム第1020項の表現によれば*「優しい確信」をもって死にゆく人に語りかけます。「キリスト者の魂よ、あなたを造られた全能の父なる神の名によって、あなたのために苦しまれた生ける神の子イエス・キリストの名によって、あなたのうちに注がれた聖霊の名によって、この世を去りなさい。今日、平和のうちにあなたの場所を取り、聖なるシオンにおいて神とともに、神の母であるおとめマリア、聖ヨゼフ、天使たち、そして神のすべての聖人たちとともに住まいを定めなさい。」*[116]
善き死の保護者、聖ヨゼフ
教会は、15世紀以来、聖ヨゼフを善き死の保護者として指定してきました。その理由は、ヨゼフがナザレでイエスとマリアに囲まれて亡くなったという伝承にあり、したがってキリスト者の死の完全な条件のもとで亡くなったとされるためです。ヨゼフを死にゆく人々の保護者とする言葉は、ベネディクト15世のモツ・プロプリオBonum sane(1920年7月25日)に由来します。そこでは、イエスとマリアの臨席のもとで息を引き取ったヨゼフが、死にゆく人々のきわめて力強い保護者として示され、司牧者たちはこの信心を奨励するよう招かれています。[117] 教皇フランシスコは、善き死の保護者としての聖ヨゼフに捧げた2022年2月9日のカテケージスで、この言葉を取り上げました。カテキズムは第1014項でこの信心を取り上げています。「教会は、私たちが死の時に備えるよう勧めています[…]神の母に『今も、わたしたちの死の時も』(アヴェ・マリアの祈り)私たちのために執り成してくださるよう願い、善き死の保護者である聖ヨゼフに身を委ねるよう勧めています。」[118]
おとめマリアの役割、「わたしたちの死の時に」
アヴェ・マリアの後半、「聖マリア、神の母、罪深いわたしたちのために、今も、わたしたちの死の時もお祈りください」は、聖書にも教父にも由来しません。この部分は15世紀の間に中世の祈りに加えられ(おそらくフランシスコ会士たちによってであり、1514年の三位一体修道会の聖務日課書にはすでに現在の形に近い形で現れています)、1568年に聖ピオ5世のローマ聖務日課書によって承認されました。[119] その普遍的な普及は、教会の一つの確信を表しています。すなわち、最も危険な時は死の時であり、キリストの助けに次ぐ最も力強い助けは、その母の執り成しであるという確信です。聖ベルナデッタ・スビルーは、1879年4月16日にヌヴェールの死の床で、ロザリオを握りしめながら、死の時にマリアの助けを求める祈りであるアヴェ・マリアの後半を繰り返し続けました。
「聖マリア、神の母、罪深いわたしのためにお祈りください。」 Sainte Bernadette Soubirous、最後の言葉、Nevers、1879年4月16日[120]
キリスト者の葬儀
最後に、カトリックの葬儀の儀式は、この教え全体を典礼のうちに表現しています。カテキズム第1012項は、ローマ・ミサ典礼書の死者のための叙唱を引用しています。
「主よ、あなたを信じるすべての者にとって、いのちは滅びるのではなく、変えられます。そして、地上的な滞在が終わるとき、彼らはすでに天に永遠の住まいを持っています。」 Missel romain、死者のための叙唱、CEC § 1012に引用[121]
「変えられます」という言葉は正確です。カトリックの教えは、いのちが向こう側でも同一のまま続くとは言いませんし、終わるとも言いません。いのちは変えられると言います。それは、ヨハネ12章24節[122]と第一コリント15章36-38節[123]のイメージである、地に落ちて死に、麦の穂となる穀物のようです。死は移行であり、その移行は本質的なものを何も失わず、それを変容させます。
この同じ直観は、キリスト教の司牧において、一見すると厳しく思えることもあるものの正確な慰めの実践を根拠づけています。聖アルフォンソはこの点について、『死への準備』の第9の考察の中で、聖ヨハネ・クリゾストモスの言葉を伝えています。永遠の天を信じながら、そこに入る人を憐れむのは不条理である、というのです。[124] この一文は、ここでは聖アルフォンソの伝えた内容に基づく言い換えとして示されており、『ヨハネ福音書講話』の逐語的な引用ではありません。
教会は、私たちが死者を愛することをやめるよう求めているのではありません。ただ、キリスト者の喪の涙が、希望を持たない喪の涙と同じであってはならないと求めているのです。それは、テサロニケの人々への聖パウロの言葉のとおりです。「兄弟たち、眠りについた人々については、あなたがたに知らずにいてほしくありません。それは、希望を持たない他の人々のように悲しまないためです」(一テサロニケ4章13節)。[125]
実践的な問い:死を恐れるべきでしょうか
カトリックの伝統が教えるすべてのことの結論として、一つの具体的な司牧上の問いが残ります。キリスト者は死を恐れるべきでしょうか。その答えは単純ではありません。そこでは、正当な自然な恐れと、もはやキリスト教的とはいえない希望のない恐怖とが区別されます。
死への自然な恐れは罪ではありません
教会は、直ちに喜ぶことを決して課してきませんでした。死を前にして不安を感じることは罪ではありません。キリストご自身もゲツセマネで「苦しみもだえ、いよいよ切に祈られた」のです(Lc 22, 44)。[126]また「恐れおののき、もだえ苦しみ始められた」のです(Mc 14, 33)。[127]ヘブライ人への手紙は、キリストが、ご自分を死から救うことのできる方に「大きな叫び声と涙をもって」祈りを献げられたと記しています(He 5, 7)。[128]死が近づくときに自然な恐れを感じるキリスト者は、罪を犯しているのではありません。そのとき、その人はただ人間であるのです。
この恐れの自然な正当性は、カトリックの司牧における不変の事実です。恐れは信仰の反対ではありません。恐れは、信仰が献げものとなるために通らなければならない肉の厚みです。天を願い続けてきた幼きイエスの聖テレーズ自身も、生涯最後の十八か月間、自ら手稿Cで長く述べた「信仰の試練」を経験しました。彼女の前では、天にまで闇の壁が立ちはだかり、その星を隠していたのです。[129]死が近づくときの信仰の夜は、希望の不在ではありません。それは希望の最も高い形です。感覚的な慰めをすべて取り除かれた希望だからです。
恐れを照らす希望
教会は、この自然な恐れを超えて、希望がその働きをなしうると教えます。『カトリック教会のカテキズム』は次のように結論づけています。「死において、神は人間をご自分のもとへ招かれます。だからこそキリスト者は、死に対して、聖パウロと同じような望みを抱くことができます。『わたしは、世を去ってキリストと共にいたい』」(CEC § 1011)。[130]この望みは恐れを消し去るのではなく、恐れを照らします。恐怖を待ち望みへと変えるのです。
「わたしは、世を去ってキリストと共にいたいと望んでいます。」 聖パウロ、フィリピの信徒への手紙 1, 23[131]
イエズス会の神学者カール・ラーナー(† 1984)は、キリスト者の死について論じ、その死を、闘いの中で、また闘いなしにはありえない形で同意された、神への自由な「はい」の行為と見ました。[132]キリスト者は恐れていないふりをするのではありません。キリスト者がまず担われたその恐れ自体を、キリストに献げるのです。おそらくこのことが、聖人たちの死を人間らしいものにすると同時に、異なるものにしています。彼らは恐れ、泣き、苦しみますが、希望し、歌い、ほほえむのです。
今日から死ぬこと:実践的な結論
この教え全体の実存的な結論は、逆説的ですが、現在の生をいっそう充実したものにすることです。死が破壊ではなく移行であり、恵みの時を閉じて永遠を開くものであるなら、今日こそ決定的な時です。聖パウロはこう書いています。「今こそ、恵みの時、今こそ、救いの日」(2 Co 6, 2)。[133]そして『キリストに倣いて』には、「今という時は大きな価値がある」とあります。[134]
希望をもって死を見つめるキリスト者は、生きる力が弱まるのではなく、いっそう豊かに生きます。その人は、回心、施し、祈り、兄弟との和解、聖体拝領を明日に延ばしません。神のために愛されたものは何も失われないこと、「彼らの行いが彼らに伴って行く」(Ap 14, 13)こと、[135]そして愛されなかったものは何も再び見いだされることはないことを知っているのです。陰鬱に見えるかもしれない死の黙想は、実際には、今もっと愛するために人を解放するものです。
さらに読み進めるために
- 地上での私たちの人生は短く、過ぎ去っていく:聖書と聖人たちにおける地上の命のはかなさ。
- 地上での私たちの人生に、私たちの永遠のすべてがかかっている:地上での選択が持つ決定的な重み。
- 天の命はすべてにまさる:天の幸福が、被造物のあらゆる善を超える理由。
- 天のために生きる人は、この世でもはるかに幸福である:神のために生きる人にすでに与えられている幸福。
- 天のためだけに生きるべき5つの理由:このモジュールの霊的な大要約。
- 煉獄:まだ不完全に離れきれていない魂のために、死の後に続く清め。
- 地獄:恵みの外で死ぬという悲劇的な可能性。
- 煉獄の魂たち:戦う教会と苦しむ教会との交わり。
- マリア・シンマ:オーストリアの神秘家(† 2004)と、煉獄に関する彼女の証言(私的啓示:教会による承認も断罪もない)。
- 臨死体験:現代の証言(科学的な調査資料とカトリックの識別の手がかりであり、それ自体に教義的な意味はない)。
注と参考文献
カトリック教会のカテキズム、§ 1010(ラテン語典型版1997年、フランス語訳1998年):「キリストのおかげで、キリスト者の死は積極的な意味を持つ。」(フランス語本文はvatican.vaで確認した。)
1 24カトリック教会のカテキズム、§ 1008(フランス語本文はvatican.vaで確認した)。第2バチカン公会議(1965年)の憲章Gaudium et Spes 18を引用している。GSはこの憲章、すなわち「喜びと希望」を指す。また、教導職の文書を集めたDenzingerの収録集のn. 1511も引用している。DSはこの収録集を指し、出典はトリエント公会議第5会期、原罪に関する教令、1546年6月17日である。
2 12 181コリント15, 26、フランス語典礼訳AELF:「そして、滅ぼされる最後の敵は死である。」
3 16カトリック教会のカテキズム、§ 1009。キリストによって変容された死について述べている(フランス語本文はvatican.vaで確認した)。
4 19フィリピ1, 21、AELF:「私にとって、生きるとはキリストであり、死ぬことは益である。」
5 22詩編116, 15(ヘブライ語)=詩編115, 6(ギリシア語およびVulgate)、AELF:「主は、御自分に仕える者たちの死を重んじられる。」ヘブライ語本文は「主の目に尊いのは、御自分に忠実な者たちの死である」(ラテン語典礼と霊的伝統が採用した形)であり、Vulgateでは「Pretiosa in conspectu Domini mors sanctorum eius」(Ps 115, 6)である。
6 30クレルヴォーの聖ベルナルドゥス、Sermones in transitu S. Malachiae(De transitu S. Malachiae)、Sermon I、§ 4。1148年11月2日、聖マラキアが亡くなったその日にクレルヴォーで説教されたものである。「Precious clearly, for it is the end of labours, the consummation of victory, the gate of life, and the entrance to perfect safety」(英訳J. Eales、Life of St. Malachy of Armagh、Londres、S.P.C.K.、1920年。この版で該当箇所を確認した)。この表現は聖アルフォンソ、Préparation à la mort、第8考察、第1点でも取り上げられている。本文中で引用したフランス語表現「苦しみの終わり、勝利の完成、命の門」は本記事による翻訳であり、刊行されたフランス語版で確認したものではない。
7 37アッシジの聖フランチェスコ、Cantique des créatures (Laudes Creaturarum)、最終連。1226年にLa Vernaで口述された。校訂版K. Esser、Die Opuscula des hl. Franziskus von Assisi、Grottaferrata、1976年、n. 263。フランス語訳はSaint François d'Assise. Documents、編T. DesbonnetsおよびD. Vorreux、Paris、Éd. Franciscaines、1968年、p. 14。
8 84幼子イエスの聖テレジア、修道院長Maurice Bellière宛てのLettre 244、1897年6月9日(校訂版Œuvres complètes、Cerf-DDB、1992年。本文はArchives du Carmel de Lisieuxでオンライン公開されている):「…私は死ぬのではなく、命に入るのです…」。この表現はカテキズム§ 1011で「私は死ぬのではなく、命に入る」という形で取り上げられている(verba)。
9 29 94カトリック教会のカテキズム、§ 1006。Gaudium et Spes 18およびローマ6, 23を引用している(フランス語本文はvatican.vaで確認した)。
10ローマ6, 23、AELF:「罪の報酬は死である。しかし神の恵みの賜物は、私たちの主キリスト・イエスにおける永遠の命である。」
11知恵1, 13、AELF:「神は死を作られたのではなく、生きる者たちの不幸を喜ばれることもない。」
13知恵2, 24、AELF:「悪魔のねたみによって、死が世に入った。」
14トリエント公会議、第V会期、原罪に関する教令、can. 1、1546年6月17日:H. Denzinger、Enchiridion Symbolorum、編P. Hünermann、n. 1511(38ᵉ éd.、Fribourg-en-Brisgau、2014年)。
151コリント15, 55、AELF:「死よ、お前の勝利はどこにあるのか。死よ、お前のとげはどこにあるのか。」
17 21ホセア13, 14、Vulgate訳:「Ero mors tua, o mors」(死よ、私はお前の死となる)。AELF訳は次のとおりである:「私は死の手から彼らを買い戻す代価を払い、死者の国から彼らを救い出す。」聖パウロは1 Co 15, 55でこの節を取り上げている。
20フィリピ1, 23、AELF:「私はこの二つの間で板挟みになっている。私の願いは、世を去ってキリストと共にいることであり、その方がはるかに優れている。」
23カトリック教会のカテキズム、§ 1681:「キリスト者の死の意味は、キリストの死と復活の過越の神秘の光の中で啓示される。」(フランス語本文はvatican.vaで確認した。)
25 26アンティオキアの聖イグナティオス、Lettre aux Romains、6, 1-2、107年から110年頃。編SC 10 bis、訳P.-Th. Camelot、Paris、Cerf、1969年、p. 134。フランス語表現はカテキズム§ 1010から取り上げたもので、同カテキズムはRom. 6, 1-2を引用している(本文はvatican.vaで確認した。eisはギリシア語の前置詞「en」であり、カテキズムがそのまま保持している)。
27カトリック教会のカテキズム、§ 1011:「私は神を見たい。神を見るためには死ななければならない(Ste. Thérèse de Jésus, vida 1)」(フランス語本文はvatican.vaで確認した)。この文はここではカテキズムの正確な表現のまま取り上げている。出典表示(Vida、1)はカテキズム自体によるものであり、テレジアの本文中で同一の箇所は特定できていない。
28Septante、詩編115, 6(ギリシア語の番号付け):「Tímios enantíon Kyríou ho thánatos tôn hosíôn autoû.」ラテン語Vulgateは次のように訳している:「Pretiosa in conspectu Domini mors sanctorum eius」(Ps 115, 6 Vulgate)。
31知恵3, 1-3、AELF:「義人たちの命は神の手の中にあり、いかなる苦しみも彼らに及ばない。[…]しかし、彼らは平和のうちにある。」
32フィリピ1, 21-24、AELF。
33ローマ14, 7-9、AELF:「私たちの中に、自分のために生きる者はおらず、自分のために死ぬ者もいない。」
34黙示録14, 13、AELF:「今から後、主の中で死ぬ者は幸いである。『そうだ』と霊は言う。『彼らは労苦から解かれて休むことができる。その行いが彼らに伴うからである。』」
35 46黙示録21, 4、AELF:「神は彼らの目からすべての涙をぬぐい去られる。もはや死はなく、嘆きも、叫びも、労苦もない。最初の者たちが過ぎ去ったからである。」
36聖アルフォンソ・マリア・デ・リグオリ、Apparecchio alla morte, cioè considerazioni sulle massime eterne、Naples、1758年。古典的なフランス語版はPréparation à la mort, considérations sur les vérités éternellesであり、Œuvres complètes du saintの翻訳、編Vivès、Paris、1841年(および19世紀のCastermanとRoger & Chernovizによる再版)である。第8考察「義人たちの死」、第1点および第2点。
38カトリック教会のカテキズム、§ 1013(フランス語本文はvatican.vaで確認した)。Lumen Gentium 48を引用している:「死は、人の地上の巡礼の終わりであり、神が人に与える恵みと憐れみの時が終わることである。その時は、神の計画に従って地上の生涯を実現し、最終的な運命を決するために与えられた。」本記事では忠実な言い換えとして取り上げている(「彼」の代わりに「人」としている)。
39 78ヨブ14, 1-2、AELF:「女から生まれた人は、生きる日が短く、騒ぎに満ちている。花のように出てきては切り取られ、影のように逃げ去り、とどまることがない。」
40聖アルフォンソ・マリア・デ・リグオリ、Préparation à la mort、第8考察の表現。セネカに帰せられるストア派の思想を自由に要約したものであり、ここではLettres à Luciliusの逐語的な本文として引用しているのではない。
41ヒッポの聖アウグスティヌス、Sermon 84、ch. 1、n. 2、PL 38、col. 519。フランス語訳Œuvres、編Vivès、t. 16、Paris、1872年、p. 603。
42ミラノの聖アンブロシウス、De Cain et Abel、livre II、ch. 35、PL 14、col. 358。
43トリノの聖マクシモ(† vers 465), Sermo 18, De labore et requie, PL 57, col. 569 ; éd. CCSL 23, A. Mutzenbecher, Turnhout, 1962 : « Vita ista non ad otium, sed ad laborem data est. »
44Tertullien, De patientia, ch. 9, n. 4, vers 200-203 ; PL 1, col. 1273-1275 ; 校訂版 CCSL 1, J. Borleffs, Turnhout, 1954, p. 309 ; フランス語訳 SC 310, J.-C. Fredouille, Paris, Cerf, 1984, p. 88 : « Cum vitam cito praecidit, statim et de penitudine illius decedet. »
45箴言24, 16、AELF:「義人は七度倒れても、起き上がる。」
47ミラノの聖アンブロシウス、De bono mortis、ch. 2、n. 6、PL 14、col. 542。
48ミラノの聖アンブロシウス、De bono mortis、ch. 4、n. 15、PL 14、col. 547:「Quid est enim mors nisi sepultura vitiorum ?」
49知恵4, 11、AELF:「悪がその知性を変えたり、欺きがその魂を惑わしたりすることのないよう、彼は取り去られた。」
502コリント5, 6、AELF:「この体に住んでいる間、私たちは主から遠く離れて流浪している。」
51イエスの聖テレジア、Libro de la Vida、ch. 40、n. 20。フランス語訳Œuvres complètes、Cerf、1995年、p. 386。
52ネアポリスのレオンティオス, Vie de saint Jean l'Aumônier(Alexandrie の総大司教, † 619), ch. 23, vers 640 ; PG 93, col. 1644-1645 ; 校訂版 H. Gelzer, Leontios' von Neapolis Leben des heiligen Iohannes des Barmherzigen, Freiburg-i.-B., 1893 ; フランス語訳 Vie de Syméon le fou et Vie de Jean de Chypre, éd. A.-J. Festugière, Paris, Geuthner, 1974, p. 386。この記述は聖アルフォンソ、Préparation à la mort, 8ᵉ considération によって取り上げられている。
54詩編118(ヘブライ語)/117(ギリシア語)、v. 20、AELF:「これこそ主の門である。義人たちがそこから入る。」
55アスティの聖ブルーノ(Segni司教、† 1123年)、Expositio in Job、ch. 11、PL 164、col. 593。
56De virginitate sive de ascesi、n. 18、PG 28、col. 274。写本伝承ではアレクサンドリアの聖アタナシオスに帰せられているが、現代の教父学では真正性が争われている論文である。この表現は、聖アルフォンソ・マリア・デ・リグオリ、Préparation à la mort、第8考察(「義人たちの死」)によって伝えられており、同書はこれを聖アタナシオスに帰している。ここでは教父の証言としてではなく、アルフォンソの表現として取り上げている。
57 58カトリック教会のカテキズム、§ 1020(フランス語本文はvatican.vaで確認した)。
59カトリック教会のカテキズム、§ 1023(フランス語本文はvatican.vaで確認した)。至福直観について述べ、ベネディクトゥス12世の憲章Benedictus Deus(1336年1月29日、Denzinger 1000)を引用している。
60聖トマス・アクィナス、Somme contre les Gentils、livre IV、ch. 86(分離した魂の完成としての至福直観について)。およびCompendium theologiae、ch. 165。フランス語訳Contre les Gentils、livre IV、編Cerf-Garnier-Flammarion、Paris、1999年。
612 Corinthiens 5, 1, AELF : 「私たちは知っています。地上の住まいである私たちの家が壊れても、神によって建てられた家、人の手によらない永遠の住まいを天に持っていることを。」
62Philippiens 1, 23, Vulgate による翻訳 : « Cupio dissolvi et esse cum Christo. » ラテン語の霊的伝統によって取り上げられた « dissolvi »(解かれること、溶けること)という形は、死を無ではなく、死すべき体の絆からの解放として強調する。
63Psaume 141 (hébreu 142), v. 8, AELF : 「私の魂を牢獄から引き出し、あなたの名に感謝させてください。」聖アルフォンソ、Préparation à la mort, 8ᵉ considération, 3ᵉ point によって引用された。
64Luc 2, 29-32, AELF : 「今こそ、主よ、あなたはあなたの言葉どおり、あなたの僕を安らかに去らせてくださいます。」Nunc dimittis(イエスの奉献の際、神殿における Siméon の歌)は、ローマ典礼において毎晩、終課で歌われる。
65ミラノの聖アンブロジオ, Expositio evangelii secundum Lucam, livre II, n. 59-60, PL 15, col. 1576 ; éd. CCSL 14, M. Adriaen, Turnhout, 1957 ; フランス語訳 SC 45 bis, G. Tissot, Paris, Cerf, 1971, p. 109。Lc 2, 29 の Nunc dimittis についての注解。
66聖ヨハネ・クリソストモ, Homélies sur l'épître aux Hébreux, homélie 4, n. 5(He 2, 9 について), vers 403 ; PG 63, col. 43 ; フランス語訳 Œuvres complètes, éd. abbé Jeannin, t. XI, Bar-le-Duc, 1865, p. 433。聖アルフォンソ、Préparation à la mort, 8ᵉ considération によって取り上げられた王のイメージ。
67聖ヒエロニムス, Lettre 60 à Héliodore (Epitaphium Nepotiani), n. 14, 396年頃に書かれた ; PL 22, col. 599 ; éd. Saint Jérôme. Lettres, t. III, éd. J. Labourt, Paris, Les Belles Lettres (CUF), 1953, p. 110 : « Aperi mihi, soror mea. » 聖アルフォンソ、Préparation à la mort, 8ᵉ considération によって取り上げられた。
68ヒッポの聖アウグスティヌス, Sermo 84, ch. 1, n. 1, PL 38, col. 519 ; フランス語訳 Œuvres complètes, éd. Vivès, t. 16, Paris, 1872, p. 602-603。« O mors amabilis » という表現は、ラテン語の霊性におけるトポスとなり、聖アルフォンソ、Préparation à la mort, 8ᵉ considération, 3ᵉ point によって取り上げられている。
69アッシジの聖フランチェスコは1226年10月3日夕方にPortionculeで亡くなった(祝日は10月4日)。リジューの聖テレジアは1897年9月30日にCarmel de Lisieuxで亡くなった(祝日は10月1日)。聖アルフォンソ・マリア・デ・リグオリは1787年8月1日にNoceraで亡くなった(祝日は8月1日)。
70テルトゥリアヌス、De corona militis、3、211年頃。PL 2、col. 79:「Oblationes pro defunctis, pro natalitiis, annua die facimus」。死者の命日に毎年記念したことを明示する最初の証言である。
71エゼキエル7, 25、Préparation à la mortが採用したVulgate訳:「Angustia superveniente, requirent pacem, et non erit.」対応するAELF訳は次のとおりである:「苦しみが来る。彼らは平和を求めるが、それはない。」
72聖アルフォンソ・マリア・デ・リグオリ、Préparation à la mort、第6考察(「罪人の死」)、第1点。
73聖アルフォンソ・マリア・デ・リグオリ、Préparation à la mort、第7考察(「救いを軽んじて生きてきた臨終の人の思い」)、第1点。
74聖ビセンテ・フェレール、Sermones de Sanctis、sermon 1 de Nativitate B. M. V.、編Cologne、1675年、p. 459。Alphonse、Préparation à la mort、6ᵉ cons.、3ᵉ pointが引用している。
75Sermon 225、PL 39、col. 2217。伝統的に聖アウグスティヌスに帰せられてきたが、現在ではアルルの聖カエサリウス(† 542年)の作と認められている(Glorieux、Pour revaloriser Migne、n. 39)。表現「Paenitentia infirmi, infirma paenitentia」は中世の司牧において格言となった。
76カルタゴの聖キプリアヌス、De mortalitate、n. 14、PL 4、col. 592。編SC 440、訳M. Poirier、Paris、Cerf、1999年。
77ヘブライ9, 27、AELF:「人は一度だけ死ぬことが定められており、その後裁きを受ける[…]。」
79Imitation de Jésus-Christ、livre I、ch. 23(「死について瞑想すること」)、n. 1。ラテン語本文はL. M. Puyolが確立した(1886年)。フランス語訳はFélicité de Lamennaisによる(1824年)。
80砂漠の師父たちの生涯、Apophtegmes alphabétiques、livre V、n. 52。PL 73、col. 940。フランス語訳Les Apophtegmes des Pères. Collection systématique、編SC 387, 474, 498、訳J.-C. Guy、Paris、Cerf、1993-2005年。
81Bollandistes、Acta Sanctorum、t. 4(1ᵉʳ février)、Paris、1863年、p. 46。Smyrneの司祭聖ピオニウスの殉教記録であり、250年3月12日に火刑に処された。
82Bollandistes、Acta Sanctorum、t. 38(22 août)、Paris、1867年、p. 497。2世紀の殉教者Autunの聖シンフォリアヌスの受難記録である。
83リスボンのマルコ, Chroniques de l'Ordre des Frères Mineurs, livre 2, ch. 65, t. 1, Venise, 1582, p. 258 : 聖フランシスコが自らの死のために加えた『カンティクム』の最後の連に関する記述。
85カプアのライムンド, Vita Sanctae Catharinae Senensis, IIIᵉ partie, ch. 4, n. 4 ; éd. Acta Sanctorum, avril, t. 3 ; フランス語訳 E. Cartier, Vie de sainte Catherine de Sienne, t. 2, Paris, Poussielgue, 1877, p. 35.
86聖テレサ・デ・ヘスス, Vivo sin vivir en mí (Poésies, I)、おそらく1571年から1581年の間に作られた ; éd. Obras completas, BAC, Madrid, 1962, t. 1, p. 1267 ; フランス語訳 Œuvres complètes, Cerf, 1995, p. 1235.
87カトリック教会のカテキズム, § 1011 : 「私は神を見たい、そして神を見るためには死ななければならない(Ste. Thérèse de Jésus, vida 1)」(フランス語本文は vatican.va で確認)。[^avila-vida] と同じ注記 : カテキズムの表現と参照を、ここにそのまま再掲する。
88カトリック教会のカテキズム、§ 1011(フランス語本文はvatican.vaで確認した):「死において、神は人を御自分のもとへ呼び寄せられる。だからこそキリスト者は、聖パウロと同様の死への望みを抱くことができる。」
89 130十字架の聖ヨハネ, Llama de amor viva (Vive Flamme d'amour), strophe I, n. 30 ; 1585年から1586年の間に Grenade で書かれた ; フランス語訳 Œuvres complètes, éd. Cerf, 1990, p. 1146-1147.
90幼子イエスの聖テレサ, Derniers Entretiens, Carnet Jaune de Mère Agnès, 1ᵉʳ mai 1897, n. 1 ; 校訂版 Œuvres complètes, Cerf-DDB, 1992, p. 1015.
91幼子イエスの聖テレサ, Derniers Entretiens, Carnet Jaune, 27 mai 1897 (昇天の祝日), n. 4 ; 校訂版 Œuvres complètes, Cerf-DDB, 1992.
92幼子イエスの聖テレサ, Derniers Entretiens, Carnet Jaune, 6 juin 1897, n. 2 : 「あなたは死ぬ覚悟ができていますか」と尋ねた Youf 神父への答え ; 校訂版 Œuvres complètes, Cerf-DDB, 1992.
93幼子イエスの聖テレサ, Marie Guérin 宛ての Lettre 60、1890年7月29日付 ; 校訂版 Œuvres complètes, Cerf-DDB, 1992, Correspondance générale, p. 555.
95聖アルフォンソ・マリア・デ・リグオーリ, Préparation à la mort, neuvième considération : Francisco Suárez 神父の最期の時(† Lisbonne, 25 septembre 1617)の記述。作業中に開いた英語版、Preparation for Death, in The Ascetical Works of St Alphonsus Liguori, vol. 2(archive.org 上のテキスト), p. 66 で本文を確認した : « I did not think that it was so sweet to die. » フランス語の表現は、このアルフォンソによる伝承の翻訳であり、伝えられたものとして提示されている。
96聖アルフォンソ・マリア・デ・リグオーリ, Préparation à la mort, neuvième considération : Baronius 枢機卿の医師への答え。同じく開いた版の p. 66 で本文を確認した。フランス語の表現は、この伝承に基づいて、伝えられたものとして提示されている。
97聖アルフォンソ・マリア・デ・リグオーリ, Préparation à la mort, neuvième considération、Sanders (Saunders) による : 1535年6月22日、処刑台へ向かう聖ジョン・フィッシャーの歩みの記述。同じく開いた版の p. 66-67 で本文を確認した。フランス語の表現は、この伝承に基づいて、伝えられたものとして提示されている。
98聖アルフォンソ・マリア・デ・リグオーリ, Préparation à la mort, neuvième considération、Granada 神父による : 狩人に歌っているところを見つけられた、らい病の孤独な隠修者の記述。同じく開いた版の p. 67 で本文を確認した。フランス語の表現は、この伝承に基づいて、伝えられたものとして提示されている。
99ヒッポの聖アウグスティヌス, Sermo 297, n. 2, PL 38, col. 1359 ; et In Iohannis evangelium tractatus, 49, n. 10, PL 35, col. 1751-1752 ; フランス語訳 Œuvres complètes, éd. Vivès, t. 18, Paris, 1873, p. 412。この考えは聖アルフォンソ、Préparation à la mort, 8ᵉ considération によって取り上げられている : « Patitur vitam, gaudet de morte. »
100ビリャヌエバの聖トマス、聖アルフォンソ・マリア・デ・リグオーリによって引用, Préparation à la mort, neuvième considération, troisième point。作業中に開いた英語版、Preparation for Death, in The Ascetical Works of St Alphonsus Liguori, vol. 2(archive.org 上のテキスト), p. 68 で本文を確認した。Conciones(sermon 4 In dominica I Adventus, éd. Opera omnia, Manille, 1881, p. 47)への直接の帰属はページで確認されていない : したがって引用は、聖アルフォンソの伝承のもとでのみ示されている。
101聖アルフォンソ・マリア・デ・リグオーリ, Préparation à la mort, quatrième considération(死を観想するために保管された頭蓋骨)と huitième considération, troisième point(金の鍵に取り替えられた大鎌)、聖カルロ・ボロメオについて(† 3 novembre 1584)。同じく開いた版で本文を確認した(huitième considération, troisième point)。逸話は、聖アルフォンソによって伝えられたものとして提示されている。
102 103聖アルフォンソ・マリア・デ・リグオーリ, Préparation à la mort, quatrième considération : 死を思い出すよう誘う言葉を刻んだ Baronius 枢機卿の指輪。同じく開いた版で本文を確認した。事実は、聖アルフォンソによって伝えられたものとして提示されている。
104聖アルフォンソ・マリア・デ・リグオーリ, Préparation à la mort, quatrième considération : Saluces の司教である尊者 Juvénal Ancina(† 1604)の死者の頭であり、各人が何であったか、そして何になるかについての格言を帯びていた。同じく開いた版で本文を確認した。事実は、聖アルフォンソによって伝えられたものとして、引用符なしの言い換えで提示されている。
105聖ラウレンツィオ・ジュスティニアーニ(Venise の初代総大司教, † 1456), Lignum vitae, traité 12, ch. 4 ; éd. Opera, Venise, 1721, p. 54.
106Imitation de Jésus-Christ, livre I, ch. 23, n. 3 et n. 6 : ラテン語本文はおそらく Thomas a Kempis(Thomas Hemerken de Kempen, † 1471)によって1418年から1427年の間に書かれた ; Félicité de Lamennais によるフランス語訳、Paris, 1824、多数の再版。
107Luc 12, 35-40, AELF : 「奉仕の服装でいなさい。腰に帯を締め、ともし火をともしていなさい。主人が婚宴から帰って来るのを待っている人のようでありなさい。」
108聖アルフォンソ・マリア・デ・リグオーリ, Apparecchio alla morte, イタリア語初版の序文(Naples, 1758): 教義的、感情的、実践的という三つの要点の方法について。
109聖ロベルト・ベラルミーノ(枢機卿), De arte bene moriendi, 全2巻、Rome, 1620 ; 部分的なフランス語訳は L'art de bien mourir, éd. Saint-Paul, Paris, 2000 に収録。
110聖イグナチオ・デ・ロヨラ, Exercitia spiritualia, Première semaine, VIᵉ Addition : 自分の罪を悲しむために、「死と審判」を思い出すこと(« bringing to memory rather Death and Judgment », trad. Elder Mullan, 1914、オンライン本文)。『霊操』の中には、番号付けされた「死の黙想」は存在しない ; 二つの旗印の黙想は第二週に属し、死を主題とするものではない。
111Imitation de Jésus-Christ, livre I, ch. 23, n. 2.
112カトリック教会のカテキズム, § 1525(フランス語本文は vatican.va で確認 ; pérégrination とは、キリスト者が天の故郷へ向かう最後の歩みを指す)。
113 114トリエント公会議, XIV. session, Doctrina de sacramento extremae unctionis, ch. 2, 25 novembre 1551 ; Denzinger n. 1696.
115カトリック教会のカテキズム, § 1020(フランス語本文は vatican.va で確認)、第二バチカン公会議後に改訂されたローマ儀式書の Recommandations de l'âme (Commendatio animæ) を引用(Ordo unctionis infirmorum eorumque pastoralis curae, Cité du Vatican, 1972)。
116Benoît XV, motu proprio Bonum sane, 25 juillet 1920(本文は vatican.va): Joseph は、イエスとマリアの臨席のもとで死んだ、臨終者のきわめて有効な保護者であると言われ、司牧者たちはこの信心を奨励するよう招かれている。François、2022年2月9日の、よい死の守護者である聖ヨセフについてのカテケーシスで取り上げられた。Léon XIII の回勅 Quamquam Pluries(1889年8月15日、本文は vatican.va)は、Joseph への信心と教会に対するその保護を扱っているが、臨終者の保護を成文化してはいない。
117カトリック教会のカテキズム, § 1014(フランス語本文は vatican.va で確認)、死への備え、「私たちの死の時」にマリアを取り次ぐこと、そして聖ヨセフの保護について。
118A.-G. Martimort (dir.), L'Église en prière, t. III : Les sacrements, Paris, Desclée, 1984, p. 226 ; et H. Leclercq, Dictionnaire d'archéologie chrétienne et de liturgie, art. « Ave Maria », t. I, col. 3290-3293 : 祈りの中世における変遷と、聖 Pius V によるその拡大(1568年のローマ聖務日課書)について。
119René Laurentin, Vie de Bernadette, Paris, Desclée de Brouwer, 1978 : 聖 Bernadette Soubirous の最後の言葉、Nevers, 16 avril 1879。
120カトリック教会のカテキズム, § 1012(フランス語本文は vatican.va で確認)、Missale Romanum の死者のための叙唱 I を引用 : « Tuis enim fidelibus, Domine, vita mutatur, non tollitur. »
121Jean 12, 24, AELF : 「アーメン、アーメン、私はあなたがたに言います。一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それは一粒のままです。しかし死ねば、多くの実を結びます。」
1221 Corinthiens 15, 36-38, AELF : 「愚かな人よ。あなたが蒔くものは、死ななければ命を得ません。」
123聖ヨハネ・クリソストモ、聖アルフォンソ・マリア・デ・リグオーリによって伝えられた, Préparation à la mort, neuvième considération, troisième point。作業中に開いた英語版、Preparation for Death, in The Ascetical Works of St Alphonsus Liguori, vol. 2(archive.org 上のテキスト), p. 68 で本文を確認した : 聖アルフォンソはそこで、永遠の天を信じながら、そこへ行く人を憐れむことを不条理であると判断している。以前、言葉どおりに Homélies sur Jean, homélie 62, n. 4(PG 59, col. 348)に帰せられていた文は、参照した説教の中ではこの形では見つからなかった : したがってここでは、引用符なしで、帰属を明示した言い換えとして示されている。
1241 Thessaloniciens 4, 13, AELF : 「兄弟たち、眠りについた人々について、あなたがたに知らずにいてほしくありません。希望を持たない他の人々のように、悲嘆に暮れることがないためです。」
125Luc 22, 44, AELF : 「苦しみもだえながら、イエスはますます熱心に祈られた。すると汗が血の滴りのように地面に落ちた。」
126Marc 14, 33, AELF : 「イエスは恐れと不安を感じ始められた。」
127Hébreux 5, 7, AELF : 「肉における日々の間、イエスは、大きな叫びと涙をもって、自分を死から救うことのできる方に、祈りと願いをささげられた。」
128幼子イエスの聖テレサ, Manuscrits autobiographiques, Manuscrit C, fo. 5v-7r(1897年6月、最後の病の間に書かれた); 校訂版 Œuvres complètes, Cerf-DDB, 1992, p. 241-244。「天にまでそびえる壁」というイメージは fo. 5v のものである。
129Philippiens 1, 23, AELF : 「私は去って、キリストと共にいたいと願っています。」
131Karl Rahner, Zur Theologie des Todes, Freiburg im Breisgau, Herder, 1958 ; フランス語訳 Le chrétien et la mort (avec H.U. von Balthasar), Mame, 1966。
1322 Corinthiens 6, 2, AELF、Isaïe 49, 8 を引用 : 「今こそ恵みの時、今こそ救いの日です。」
133Imitation de Jésus-Christ, livre I, ch. 23, n. 5。
134Apocalypse 14, 13, AELF。
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